24・・・シュウカツ
4月からの働きっぷりとスキル(一般社会では山ほどいるレベルのだけど)を買ってくれて、パート程度だけれど仕事の口を利いてくれる方が現れた。
それは昨日のこと。
知的好奇心も満たしてくれそうなので口利きをお願いしたのだけれど、「土日も出勤じゃないとダメらしいのよ~」と今日にはNGのお返事を頂いた。
昨夜は4月からのプランを(学童とか、くぅの習い事の送迎とか)シュミレーションして一人盛り上がっていたのだけど。早かったな~、シュウカツ終了。
4月からの働きっぷりとスキル(一般社会では山ほどいるレベルのだけど)を買ってくれて、パート程度だけれど仕事の口を利いてくれる方が現れた。
それは昨日のこと。
知的好奇心も満たしてくれそうなので口利きをお願いしたのだけれど、「土日も出勤じゃないとダメらしいのよ~」と今日にはNGのお返事を頂いた。
昨夜は4月からのプランを(学童とか、くぅの習い事の送迎とか)シュミレーションして一人盛り上がっていたのだけど。早かったな~、シュウカツ終了。
今週末の水上スキー大会主催準備。
来週のバザー準備。
出張(県内にお出かけし、セミナーや懇親会や勉強会のことをハハ長たちはこう呼ぶ)。
参観日に学級懇談会。
遠足に理事会。
当然、これらの間に幼稚園の送り迎えやら、習い事の送迎やら。くぅの友達が遊びに来たり。
旧職業柄、複数のことを同時進行できる性質ではあるのだけれど、仕事を辞めてから社会的体力が落ちている私にはこの2週間はちょっとした山場。錆付いた脳をだましながら動かしています。
しかし、全てがボランティア。来年からは少々のペイが得られることを考えたいものです。
ちなみに今日のセミナーは「キッズいわき」さんのお話でした。とても有意義。セミナーのことも詳しく書きたいけれど、くぅの最近の様子も記録したいんだけれど、いつになることやら。
1学期の終わりに、外部から講師の方を招いて保護者向けの講演会をしていただくというものがあった。講師を探す過程で先日のおてて絵本の方にも出会ったのだけれど、制約のなか紆余曲折あり、結局は旧職時代の先輩にはるばる横浜から来ていただくことになった。
「ホンマ自分の勉強にもなるから~」とか何とかおっしゃって正味・・・赤でっせ?という謝礼で来てくださった。
日本・イギリス・フランスで出産育児をした彼女は、帰国後に子育てのことを書籍にして出版し、最近では行政関係などにも講演会をされているらしい。そして小学校のPTA会長でもあったりする。
「標準語やったやろ~♪」講演後そうおっしゃるけれど・・・むちゃくちゃ関西弁でしたやん。(笑)
歳を重ねても可愛らしい印象、経歴(広告会社営業・通訳・語学教師・英仏在住経験)、関西弁、けれど同じ母親目線。これらのギャップがとても魅力的で、お母さん方の心をつかみ、講演会後のアンケートには好意的な意見ばかりが書かれてあった。著書もお母さん方からとっても好評で、先生からの提案で購入してPTAの図書に加えることとなった。
で。
せっかく横浜から名古屋まで来たのだからと、旧職場の先輩を呼び出して久々の再会。皆、時間制限のある中わぁ~~~~っと話がどんどん進んでいくのだけれど、結局のところ「私らもったいないで」と相成った。コーディネートにしても(講演前の資料作成時に別の先輩に依頼した調べ事があったのだけれど、やっぱりレスは早くて完璧だった)、講演にしても、社会的なコミュニケーションにしても、このままではモッタイナイ。もったいない。さて、どうするか。まで話は至らずタイムオーバー。再会を約束して解散となりました。
さて、どうするか。来年くらいから、身の回りに何か湧き出てこないかしら。
ええと。あまりに久しぶりで何をどう書いたらよいのやら。取りあえず7月の始めの頃に下書きしていた以下のネタをUPします。・・・7月付けで。
===============
毎日の園での無料奉仕を「錆びつきかけたスキルのメンテナンスと、思いがけぬネットワークの広がりなどなどの特典付」とワイン氏が称したのは、なるほど本当だった。
保護者向けに講師を招いて講演会を企画するのだけれど、如何せんその予算はとても薄謝で遠方からでは交通費もままならない。けれどその問い合わせがご縁で『おてて絵本』普及協会会長であり絵本作家のサトシンさん(新潟在住)が遠路はるばる幼稚園に来てくださった。愛知県内で『おてて絵本』普及に尽力されている夫さんとご一緒に。
先日も書いたけれど、公立の園は何かとハードルが多い。高いのではなくて多い。
小さなハードルをひとつひとつ越えていくのは少々手間ではあるし、全てをクリアしたからといってドッカ~ンと思うように出来るワケではないけれど、楽しむためにやってみる価値はある・・・よなぁと思った次第。
さて、おてて絵本。
詳しくは「おてて絵本普及協会」のHPに説明を譲るとして、”創造と想像の楽しさ喜び”を感じる遊びとして、私個人的にはかなりツボにはまった。くぅの性格や、我家の遠征生活(長距離車移動)にも合っているし。
保護者も先生方も、いろんな考え方の方がいらしゃるから反応もマチマチで、なかなか子ども達ほどの盛り上がりを全ての大人が見せてくれないのは致しかたないとはいえ、ご好意で来てくださったサトシンさんと夫さんの人柄に頭の下がる思いもした。
コーディネート業の楽しさを再実感し、大人の社会性について考えさせられたりもした。考えたことは消化して自分の血肉としよう。
・・・話がアチコチ飛ぶけど、おてて絵本。子育て真っ最中のお母さん方は、これからメディアでも目にすることが増えるでしょう。おてて絵本に馴染んだ子は、きっと夏休みの作文とか得意な子になるんじゃないかな~。
昨日アンナコトを書いておきながら、今日は旧友のN氏とヨガ→ランチをしてきました。
平日の午前中は、プール・ジョギング・ヨガを1週間にそれぞれ1回ずつ入れたいと思っていたのですが、それは当然ままならなくなり、月謝という形でお金をお支払しているヨガだけは週に1度続けています。N氏は日頃ほかのところでヨガしているのですが、転籍先を探していたので、今日は私が通っているところに体験にきたというわけです。
ランチは隠れ家的なカフェでのお惣菜バイキング。前置きや言葉を選ぶ必要性のない旧来の友人に会う安心感(笑)ひとしきり本音をこぼしあい至った結論。
楽しければいいのよ~♪
私が探しているのは、おもしろい と やる方法。きっとそれはまた何かに繋がっていくでしょう。
ところで、私信。
名古屋プランを考えていた友人たち。N家は平日の夜でも宿泊OKらしいよ。夏休み期間でもいいし。piano氏はあおちゃん連れで、他メンバーは本人だけとか。まぁ、8月に会えるから、名古屋プランは寒くなってからでもいいけどね~。是非一度実現させましょ。
ども、ご無沙汰です。
子育てをしている主婦が「忙しい」と発言することに、私は未だなお少しだけ違和感を覚えてしまう・・・のか。それともその発言に違和感を感じるであろう社会を敏感に感じてしまう・・・のか。
そんなことをふと思ったりしながら毎日バタバタしています。
例えば今日。
くぅと一緒に登園したらそのまま園に滞在。前の晩に作成した資料をプリントし、30分ほど保護者だけでミーティング。その後、園長と主任先生といくつか確認事項を話し、予定時刻を20分オーバーして園を後に。チャリ(笑)を飛ばして約束していたクラスのママのお宅へ伺い、秋に開催するバザーの作品作り手伝い。昼には帰宅するつもりが思いのほか時間がかかり、そのお宅で昼食をごちそうになり、お迎えギリギリまで作業。再びチャリを飛ばし一瞬帰宅し、幼稚園の貸出図書(返却日だったので)をカバンに放り込んですぐに幼稚園へ。お迎えの14時から、園庭解放の15時まではくぅを放ったらかしで、誰彼見つけては連絡事項を話していくことに1時間みっちり。園を出たら家には帰らず、マンションの駐車場で車に乗り込み、そのまま習い事へ。家に帰宅したのは17時。
まったくな~。こうして書きだしてみても、やっぱり私は忙しいワケではなくてバタバタしてるだけだわ。
そんな中、保護者への講演会の講師として打診していた、けれど日程と予算の都合で講演叶わなかった新潟在住の某クリエイターの方が、縁あって来週月曜日に来園して子ども達に実演してくださることになりました(ご本人の了解を得てないので今日のブログでは匿名で)。
先方からは取材の可能性などのお話があったので、園長先生を通じて教育委員会に働きかけていただいたり・・・。市教に提出する資料を作成したり、先生方へお配りする資料を作成したり、会場の手配をしたり、理事会の承認を得たり。そして幼稚園側は予定していた行事の会場を急遽変更したり、担任の先生方の了承を得たりと、公立の園としてはかなり柔軟に対応してくださった様に思います。
そしてまた旧知の方が横浜からはるばる講演に来てくださることになり、そのコーディネイトをしたり。。。
ダメ元で投げた小石の波紋が思わぬところで繋がって、幼稚園の子ども達に大きな嬉しいうねりとなって返ってきたようで「あ~コレだからやめられない」と思うのです。
結局場所は変わっても、立場は変わっても、扱うものが変わっても、ゼロが4個も5個も変わっても、出会う人が変わっても、自分のアプローチの仕方は変わらない、あるいは変えられないんだなぁ。というわけで、私は変わらない私のやり方で日々バタバタと処してます。
ただ、保護者の集団というのは決して一つの目的意識で繋がっているわけではないので、ひとつの現象に対する反応や感情も様々。きっとその辺がコレから先難しいと感じる要因になるんだろうなぁ~と、ここ数日耳にした感情の種を摘みつつ育てつつ思うわけです。
”長”の肩書きを頂いてから、その業務雑務所以に、たくさんの保護者や先生方と事務的に建設的に、あるいは非効率的に・・・と、い~っぱい話すようになりました。
昨年度との大きな違いは”話さなくてはならない相手がたくさん”いて、”話さなくてはならない話題がたくさん”あること。でもこれって・・・実は・・・ラクかも。
やるべきことがあり、その立場があると、集団(社会と言ったほうが良いかな?)の中でその役割を務めれば良いのです。仮面を被るというとイメージが悪いので、ペルソナとでも言いましょうか。長く仕事をしてきたせいか、ママの素顔でいるよりも役割のペルソナを身に付けているほうが自分を律しやすいことに気付きました。
逆に言うと。私は未だにママのペルソナを持ち合わせていない、または素を社会に曝せない、ココロのガードが堅いヤツってことかもしれません。
とある所の西北から、香りを含んだ風に乗って、蜘蛛の糸がひろろろぉ~んと流れてきました。
その糸に手が届き、その糸の先に仕事があるのかはわかりませんが、縁は思いも寄らぬところから思いも寄らぬ時に現れるものなのかもしれません。今はその糸がひろろろぉ~んと漂ってきたことだけでも素直に嬉しいです。
年始のこと、私の星座は20年に一度の仕事運だと、星占いに興味がなくなって久しい私ですがどこかで目にしました。多分それくらいマスコミで何度も取り上げられていたんだと思います。しかし・・・仕事運って、あ~た。私ゃ現在無職ですから良いも悪いもないでしょ~なんて思っていたのですが。
今年2本目の復職への糸が見えたり、PTA会長になってしまったこともある意味仕事運?(笑)
しかし幼稚園滞在時間がとにかく長くなりました。この先、近場への出張なんてものもあるそうです。
朝くぅと一緒に登園してそのまま午前中いっぱい役員会。昼食に戻りチョイ家事をしたらまた幼稚園にお迎え。園庭解放の間、各担当の保護者の方と連絡事項のやりとり。急いで降園、その足でくぅの習い事。夕方やっと帰宅して夕食やら入浴やら洗濯。夜は軽く調べものをしたり、簡単な資料を作ったり。
これってきっとチョイパートくらいのペース。もしかしてこの1年は、私の人生に用意された社会復帰へのリハビリ期間なのかもしれません。
年賀状の森から、蜘蛛の糸が1本垂れてきた。
少しばかり逡巡し、糸を切られることを覚悟して、正直な自分でぶらさがってみた。
スキルも実績も経験も、身に付けた羽はないから、真っ正直な自分は森の意図からすれば引き上げるには重すぎるに違いない、とぶら下がってみたもののまた逡巡。
いやいや。
昔話の悪人のようにあがいたりせず、ココロ静かに待とう。
いろいろと考える良いきっかけができた。
こんな時にココロ静かに保つには、やはり言語化された呪文があるほうが、具体的にココロ静かにいられるような気がする。普段はまったく信心深くはないのだけれど。。。
ミココロノナサレマスヨウニ
シングルインカムになって水上スキーのホームゲレンデと遠く離れてしまったことから、我が家が節約財政になったことは前に書いた。結婚して10年経ってやっと芽生えた主婦魂とでも言うのだろうか。もともと(水上スキー以外は)無駄遣いしないどぅさんと、家計について話すことが多くなった。
「いやぁ~あと1000万年収が増えたらなぁ。
増える要素としてはこぅちゃんが働くことくらいかぁ
でもなぁ、手に職の無いヤツが再就職で1000万ってありえなしな~
わっはっは」
・・・どぅさん、何て突っ込みどころ満載のセリフなんだ。
家計の話をしているのに「あと1000万」とは突飛。
「手に職の無いヤツ」って私のコトですね。
当たってるだけに辛いわ。
しかしここで「女が再就職して・・・」
という発想じゃないところがサスガ。
挙句
「こぅちゃんが働いているイメージが湧かなくなってきたよ」
実は私もです。
どぅさんの何にも考えていない=裏のない正直な言葉がグッサリ。
先日から友人の仕事を繋ぐために、前職時代の方々と電話で話すことが多かったのだけれど、自分の脳みそがスローダウンしていることを感じる。あの業界、仕事は人次第。仕事を繋ぐからには・・・と、信頼の置けるひとに電話をしているのだから尚更のコト。みんなジャッジが的確で話も早い。
あれやこれや、ここ最近脳老化を自覚すること多し。
思わず今日はムキになってtwitterを設定しました。
会社員から足を洗って2年半になりますが、前職時代の先輩社員がたった1年半で名古屋勤務を終え大阪に帰るということで、お別れランチをしてきました。営業部長となった仲の良い姉さんもまじえて3人で。
名古屋の会社を訪ねるのは2年ぶり2度目。
昼過ぎても昼休みに入れず、某○BCからTVSPOT案が出ないため案待ちをしていてランチに遅れたり、移動中も携帯が鳴っている姿をはじめ端々に「オンだなぁ~」とつくづく思いました。
公私なら、公。
オンとオフなら、オン。
かつてのようにその環境を渇望はしなくなりましたが、何せ家庭専念期間はたった2年半ですから、10数年身を置いたそちらの空気を今でも呼吸しやすく感じるのは仕方のないことかもしれません。
さて幼稚園はまだまだ年中入園児の慣らし保育期間中。進級児もそれにあわせ1時帰りだったり11時帰りだったり日によって様々。昨日は1時降園ですからお迎えは間に合わないため、くぅに言って聞かせ同じマンションの園ママに預かってもらいました。兄弟のいる子なら当たり前に行われている代理お迎え&預かりですが、超一人っ子のくぅにとっては入園後1年あまり経ってやっと初めての経験です。遊びに行き慣れたおウチだったので滞りはなかったのですが・・・いやはや何とも繊細な彼女にとっては小さなハードルだったようです。
迎えに行ったそのおウチで「トワイライトスクール」なるものの存在を知りました。放課後18時まで学校で子供達を預かってくれるのだそうです。費用は年間500円!保険料のみで、元教師や地元ボランティアの方々によって運営され、学年をこえて遊んだり、地元の方と交流したり、昔の遊びや英語を教えてもらったり。。。
くぅが通う予定のマンモス小学校も、新設の小学校と分かれることのより、入学年度からこのトワイライトスクールが開始予定とのこと。
最寄の学童のスペースは狭いプレハブで、「幼稚園→小学生学童」コースには少々(かなり?)抵抗がありそうなくぅも、もしかしたらトワイライトスクールという選択ならばあるかもしれない。私も数年後再びスイッチを入れることもできるかもしれないなぁ。・・・回線がショートしてなければ。
しかしこのトワイライトスクール、学童との共存が難しいらしく、地区によっては学童を閉鎖する所もあるそう。どちらも一長一短なのかしら。よく調べてみよう。
前回の投稿で
>さて、これからどうすっかなぁ
と書いた。
契約が終了し、まったく仕事を持たず幼稚園ママとなってしまった(なってしまったという表現もどうなのよ→ワタシ)時に「さて、これからどうすっかなぁ」=「どうにかしたい」「どうにかしよう」と思っているってコトが現れたコトバ。
ここ数年。
しがみついて石のように硬くなったこの手の指を一本一本開き、様々なモノを手放すような時を過ごしてきたけれど、私はまだ「どうにかしたい」と思っているのねぇ。業は深し。
いろいろと逡巡しているうちに「透明になろう」と思い至りました。
これはナカナカ難しい。
言葉を変えれば毒にも薬にもならないヒトでいようと。
毒は薬でもあるように、薬は毒になりうるから。
宮澤賢治「雨ニモマケズ」に書かれているように
生きられないものか・・・
と、どぅさんに言いましたら
「そういうものに わたしはなりたい」
という最後の一文にエゴがあると言われてしまいました。
まったく、どぅさんにはかないません。
1月いっぱいで請負の契約終了し晴れて無職、専任幼稚園ママになりました。さて、これからどうすっかなぁ。
まずはブログの軸足をこちらに戻すとしましょうか。
いまはセントレアの駐車場。海外出張から帰国するどぅさんを迎えに来たけど、便は1時間以上の遅れ、くぅは後部座席で熟睡。あ〜、この手持ち無沙汰、乳幼児のくぅを連れて意地になって水上スキーに行ってた頃のようだわ。当時のように、車には文庫本を常備しておくべきだったわ。
4月から幼稚園に入園させることにしました。
一旦決めた心を解し、新しい条件を加え、再考し、一昼夜で結論を出すというのは骨が折れました。
ぐるぐるぐるぐる。
結論を出さなくてはならない朝は迫るのに、いつまで経っても答えが得られない様は、退職を悩んだ夜に酷似していました。
♪辿れば遠~し 我が身の業♪
(時節柄「仰げば尊し」を文字ってみました)
いま顕在化している迷いの種は、何年も前に根付いていたのです。やっと、や~っとそのことを認識できました。心を解す作業は過去にまで遡りました。
「保育園」は私にとって「仕事の可能性」そのものでした。いつかアチラ側へ戻れる可能性そのもの。
仕事を辞めて子育てに専念している聡明な彼女は「コチラ側にはいつでも来れるよ」と言っていました。「でもアノ幼稚園は本当に子供にとって良い環境だと思うよ」とも。
迷った一昼夜は、このアチラとコチラの狭間で揺れ動いていました。
アチラ側で頑張っている友人、「また一緒に仕事をしよう」と言ってくれた人。未練は尽きませんが、迷いながらも、私はそこにしがみ付くのではなく、手放す必要性を感じたのです。手放すからこそ、次につかめるモノがある。怖くて手放せなかった、執着していた可能性を手放したところで、可能性は無くなるわけではないとの思いに至ったのは大きな収穫です。
私は以前「覚悟」に書いたように常に同じ選択をして来ていたのです。それが私の答えです。それを自分の答えとして受け入れるのに何年もかかってしまいました。
可能性という名のエゴに執着するのではなく、今を楽しむ。やっと、そんな思いで選択をすることが出来ました。
請け負っている仕事を含め、新しくやってみたいコトで口に糊して生きていければいいなぁと、今は漠然と思っています。そして、扶養家族というこの上ない恵まれた状態で、新しい生き方に馴染む猶予期間を見守ってくれているどぅさんに深く感謝しています。
友人各位。みんなありがとう。すっきりサッパリしました。
2月中旬。保育園の転園が出来なかった連絡があった2日後に、幼稚園の補欠繰上げ入園の連絡があったのは以前書いた通り。
体調も戻りつつある昨日、幼稚園への入園を決めたことをこのブログにUPした。
そして昨日は、歌&踊り好きなくぅが春から通えるよう音楽教室の資料をもらいに行ってきた。
くぅには春からはお弁当を持って幼稚園へ行くのよ♪と、3回くらい言った。きっと彼女の頭の中にはインプットされている。
たった16戸の同じマンションから3人も同じ幼稚園に入園することになり、心強かったりもした。
が。。。
なんと。。。
たった今、市役所から電話があり、希望していた家そばの保育園への転園が可能になったと連絡があった。
この1ヵ月翻弄されっぱなしだ。
どうしよう。。。
明日返事しなきゃいけない。
どうしよう。。。
なんと。
補欠待ちしていた幼稚園から電話があり、4月から繰上入園可能と相成りました。
一昨日保育園転園不可の連絡があったばかり。そして来年、別の保育園への転園を勧められたばかり。何てタイミングでしょう。
お返事は明朝までです。
まぁ。どうしましょう。。。
保育園の転園が出来ない旨の連絡がありました。
我家の方針としては、現在の保育園からは退園させることが大前提です。
保育園転園出来なければ、幼稚園の補欠待ち。と、優先順位は決めていたはずでした。
転園が出来ないことを電話くださった役所の方は
「公立のA保育園であれば、1年間現状のまま待っていただいて、来春4歳児からでしたら確実に転園できます」
と、言われました。
保育園の入所に関して”確実”という言葉が使われるのを聞くのは初めてです。事情を伺うと。。。
4歳児から定員が10名増えるのだけれど、3歳までに保育園入園が出来なかった場合、4歳を待たずに幼稚園に入園する方が殆どで、毎年10名増の定員が埋まらないのだそうです。
なるほど。わかる気がします。働きたいお母さんも、4歳までは待てないんですよね。働きたいという意志は日常に埋没していきます。一旦幼稚園へ入園してしまえば、親も子もそこで社会が出来上がります。4歳になる段階で再び環境を変えるのはストレスフルです。
保育園転園不可→幼稚園入園
と思っていたのが
保育園転園不可→幼稚園入園 or 来年転園
という選択肢になりました。
現在の保育園は3歳児から制服のため、来月早々に制服の販売会があります。
幼稚園からはまだ補欠繰上げ連絡はありませんが、今年中には入園できる見込みです。
役所から言われたA保育園は、家から遠く車での送迎に違いありません。
さて、どうしましょう。
どうしたいんだろう。ワタシ。
それなりに収入があったワタシは、
イケイケドンドン値札を見ない女でした。
嗚呼、泡沫のDINKS時代。
人様のお金で何かを買っていただくのには抵抗があるワタシ。
自分の食い扶持は自分で稼ぐという考えが
骨の髄までしみていました。
勤めている間の我家は独立採算制。
さらに、退職後の失業保険をもらっている間は、
どぅさんから生活費はもらいませんでした。
別に意地を張っているワケではなく。。。
「あるから、いらないよ」
と、素直に思うのです。
失業保険も終了し、細々とした収入となってからは、もちろん生活費をもらっていますが、どうもその生活に馴染めません。
細々とした収入は”無いモノ”として貯蓄しているので、
ワタシが使うお金はどぅさんから頂くもの。
そうするとですね。。。
自分のモノを殆ど買わなくなるのです。
必要最低限の基礎化粧品、下着&肌着、
蔵書欲に駆られる書籍、劇場で見たい映画。
肌着=要はババシャツです(笑)
コレなんて、どぅさんのを買い、くぅのを買い、
後日迷った末の末に自分のを買い足す始末。
今朝はスーパーで、すき焼き用牛肉の値段を
真剣に悩んでしまいました。
そう言えば母も、父と兄と私の買いモノを優先していましたっけ。
先日ラルフローレンのバーゲンでジーンズを購入
・・・してもらいました。
少し早い誕生日プレゼントです。
ありがとう♪とっても嬉しいけど。。。
自分の稼いだお金で買うほうが、私には向いているようです。
嬉しいのに凹んでしまいました。
因果な性格だなぁ。
くぅの転園先。
家のそばの公立幼稚園は空き待ち、補欠3番だったことは先日UPしたとおりです。今のところ動きはなく、誰かが転勤になってくれるのを待つばかり。
そんな中、現在の保育園の継続手続きの時期となりました。
保育園はNGなんだけれど、最近マンション探しをしていると、何故か物件はことごとく現在の保育園の側ばかり。もしももしもローンを組むとなると・・・少しでも収入は多い方がいいよなぁ・・・などとよからぬ考えが脳裏をよぎります。
昨日、ふと思い立ち市役所の児童家庭課へ行ってきました。
”保育園転園”
そんな道はあるのでしょうか?
最寄の認可保育園も私立ではあるものの、児童数は少なく1学年1クラス。徒歩で通える距離です。昨年の転居時に第一希望にしたものの、受け入れ人数を大幅に上回る応募者数に願い叶わず、入れなかった保育園です。
幼稚園と違って、保育園は入れればラッキー。事前に保育方針や園の雰囲気などを調べて、入園者が選べるような状態ではありません。よって口コミ情報も、幼稚園に比べて、そうそう出回っていません。結局は入ってみなければわからない。
でも今の保育園よりはマシだろう。。。
市役所の担当者に聞けば、3歳児の募集は5名のみ。転園は非常に難しいとのことですが・・・ダメ元で挑戦してみます。
まずは本日見学&応募用紙をいただく。
7日に面接。
万一どこにも入れなかったときのことも考えて、現在の保育園も継続手続き&面接。
私の働き方は、くぅの身の振り方次第ということです。
でも。現実的に考えると、これって家族の問題じゃないのよね~。母と子供の問題。父は蚊帳の外。父が真剣に考える問題ではないようです。それって変だよねぇ、日本の社会。
すっかり更新が滞っていますが。。。
週末ごとに不動産物件めぐりをしている懲りない我家。
最近の販売会社には変わったサービスをしてくれるトコロがあります。
”ファイナンシャルプランナー個人相談会”
物件の購入に関わらず、この無料相談を受けることが出来ます。
販売会社にとっては、購入を決めていない客を再度販売センターへ来させる良い口実に。無料相談を受けるデメリット=熱い販売攻勢を理解したうえで、ややこしくなっている我家の家計を確定申告前にクリアにしたいと思い、無料相談をお願いすることにしました。
相談日当日。
FPと称してあらわれたのは某生命保険会社の男性。
実はここの会社、保険に対する考え方に納得が出来るモノがあり、約1年前に我家の保険を変更した、その会社でした。
なるほど~。
FP資格を持つ生保の営業の方が家計診断をする。家計の骨組みを組みなおす=提案をする=生命保険の見直しを薦める。っちゅうことですね。
マンションの販売会社にも、無料で相談を受けるFP=保険会社にもメリットがある仕組みです。
さて我家。
購入したばかりのマンションを残して転居したり、私が退職金をもらったり、何だかんだでちょっとややこしい家計になっています。私の年金ひとつとっても、2号→1号→3号と計算も立てづらい。
そこで、作りましたよ~資料~。
個人相談できるのは約1時間。聞きたい事満載の私にはとても足りません。時間を効率的に使い、相手にも理解してもらいやすいように
・我家の基本情報
・収入と支出のバランス
・税務上の考え方
・人生設計の考え方
・質問事項
などを4枚のシートにまとめ、
資料編として3枚のシートを用意。
軽く自己紹介をした後はどぅさんを差し置いて、用意したシートに添ってしゃべるしゃべる。
結果。
FP氏の担当領域を超え、税理士さんの判断を必要とする内容があるため、改めて2週間後の返事・・・と相成りました。どうやら私の用意した資料と質問はFP氏の想像を超えていたそうです。
「税理士さんが入っておられますか?」
「奥さまお仕事は何をされていますか?」
「前職はどういうお仕事ですか?」
本題と関係のないいくつかの質問の後
「分析・整理・プレゼン能力、素晴らしいですね~」
とお褒めを頂きました。
すかさず、どぅさん
「雇ってやってください!」
・・・私より反応早い
するとFP氏
「友人の映像会社が営業を探しているんですよ。
どう考えても営業向きですよね」
・・・やっぱり私はそう見えますか凹
思わず私、
「いや、あのフルタイムじゃなくても良いんです。
外資の企業は個人の裁量&経費で派遣を雇えますよね」
・・・保育園を嫌がるくぅの姿が浮かびます
するとFP氏
「そうなんです。うちの先輩にも話してみようかな」
・・・まじで?
家計相談が就職活動の面接の場と化していました。まぁ、こんなことから仕事が見つかるとは思いませんし、幼稚園への転園を決めた経緯を思えば、例えお仕事を頂けても迷うところではありますが・・・。
私がしてきた10数年の仕事はこんな形で身についていて、違う業種や社会から、こう見られる事もあるんだなぁ~。と思った先週末でした。
でも。。。
私が用意した資料って、ワードで作成した何てことない資料です。恐らく友人各位なら何のストレスもなく作れる資料。そしてプレゼン能力だなんて面映すぎるただの説明。今までの職種では評価に値しない出来のモノです。
ところ変われば評価も変わるものなのですねぇ。うーん。どうにか生かせないものかしら?
PMSに支配され、感情爆発モードのここ数日。わかっちゃいるけど感情をコントロール出来ない。常に戦闘態勢で自分の周囲360度に対してロックオンしている感じ。
と言っても、ロクに仕事をしていない今となっては、私の360度に入ってくるのはくぅorどぅさん。中でも一番長い時間を共に過ごし、どんどん地雷を踏んでいくくぅが一番の標的になってしまう。
くぁぁぁ、いかんなぁ私。
朝から因縁の対決モードになってしまい、夕方爆発、夜大爆発、就寝前一応収束という、よろしくない一日を過ごしてしまった。
「ママ。お仕事いーっぱいしていいよ。保育園早く迎えにこなくてもいいよ。くぅちゃんね、明日泣かないように頑張るから。パパと保育園行ってみたいの。パパ帰るの遅いから、パパと代わってお仕事いーっぱいしていいのよ。ね。」
挙句に
「ママ。もう怒るのやめたら?」
とまで言われた。
くぅに「もっと仕事をしたい」などとは一切言っていない。けれど彼女なりに考えて「ママは仕事をいっぱいしているほうが機嫌がいい」という答えでも出たのだろうか。
考えられる理由として・・・。
未だに毎朝保育園で別れるのを涙ぐんで暴れて嫌がる。最近では自分で決めた「ニコニコバイバイできるルール」も守れなくなってきた。「早く迎えに来てね」がキーワード。たまに「お仕事行っちゃイヤだ」と言うこともある。
”ママに毎朝わがままを言ってる自覚”
↓
”ママの機嫌が悪い”
↓
”自分が頑張ったらママの機嫌が直るはず!”
=イコール=
「お仕事いっぱいしていいよ。
早く迎えに来なくていいよ」
と相成ったのではないだろうか。
「くぅちゃん、もうねぇ、ママねぇ、お仕事しないことに決めたの。もういいのよ。くぅちゃんも保育園やめて、春からは幼稚園に行こうね。」
半年先のことを今から伝えて動揺させたくはない。心中複雑ながら言葉を飲み込み、別の言い方をする。
「くぅちゃん、いいのよ。頑張らなくても」
ムッ!
「頑張るの!頑張るって言ってんの!」
逆切れされてしまった。
私似だわ~(笑)
思い悩んだ末の答えは必ずと言っていいほど自分の中にある。
視界の端っこに答えが見えていても、いえ、避けがたく目前に答えが鎮座していようとも、思い悩むのが人間というものでしょう。その結果、他の選択肢=答えが見えてくることもあるわけで。でも新たに見えた答えもまた自分の中に存在していたもの。
ジブンの人生における優先順位はわかっている。
妊娠の頃から繰り返し行ってきた「選択」が、
それを物語っている。
=======================================
510Styleのうっし~さんの言葉をお借りすれば、
“自分が育児の犠牲にはなりたくない”という思い
“仕事を続けないとダメになっちゃうんじゃないか?!ジブン;”みたいな強迫観念
なんて的確なんでしょう。その通りです。私はこれらの思いから脱したいがために育児休暇から復職したように思います。もちろん、万難を排して(大袈裟)までも戻りたい業種でもあったというのが、もうひとつの大きな要因ではあるけれど。
だけど経験を積み重ねてきた部署は、再編の波で他社と統合し別会社化。復職後は時短を取得し、3歳まで限定フレックスを利用し、クリエイターのバックヤードにまわり・・・仕事も育児も、とても中途半端な私。
そんな1年弱を過ごした頃、夫の転勤話が現実味を増し、私の会社では早期退職優遇措置なるものが実施されたのを機に退職しました。
その後資格を取得し、知人のツテで名古屋転居後も在宅ワークを少々。くぅは保育園。現在の仕事が発展していく可能性は限りなくゼロに近く、くぅが幼稚園に転園し、時間の自由が半減すれば、いずれ無職に陥る可能性は限りなく高い。・・・やっぱり仕事も育児も、とても中途半端な私。
妊娠中も、育休後も、転居後も。
私はずっと仕事をセーブしてきました。保育園以外の時間、さらにプラスして他の人手にくぅを預ける事を良しとしない「選択」を続けてきたのです。
はい。それが良いとか悪いとかというハナシではないです。状況も環境も選択も人それぞれ。ただ私は、自分が行った選択を、一方では中途半端だと身に染みて感じているのです。
「仕事をしたいと強迫観念のように思うジブン」
「育児に専念できないジブン」
一方で
「仕事に専念できないジブン」
「子供を長時間預けられないジブン」
約10ヶ月の妊娠期間と、アノ痛~い出産を経たからといってすぐに母親になれるものではありません。娘が3歳になった今でも、まだ私は母親になれていない気がします。
同じマンションに住む、くぅと同じ3歳児のお母さん。幼稚園は倍率が高く抽選に漏れる可能性も・・という話題の時に
「その時はもう1年家で私がみますよ。年中さんから入園でもいいしね」
と言われました。この方も、そしてうっし~さんも。自分で子供を育ててきたお母さんの強さを感じます。
一方友人知人の中には、夫を日本に残し、乳幼児を連れて海外へ赴任したり、海外の大学に通ったり。
そう。
本当に何かをやりたければ、そういう方法だってあるのです。
私に足りないもの。
それは母になる覚悟。
自分の選択を丸ごと受け入れる覚悟。
そして(何かを)やりたいという強い思い。
少し時間がかかりましたが、きっとこれまでの紆余曲折は私にとって必要なことだったのでしょう。
そろそろ母として腹をくくる頃合なのかもしれません。
でもね。
所詮動物的に“男と女は得意分野が違うもののようだ”
子育てにおいては、“男女平等”だの、“男女雇用機会均等法”のはずだの考えて、無理に“母”というその動物的本能に背こうとしても、子供を産み、育てる、ということにおいては疲れるだけだ・・・(By 510Style)
そうかもしれないとわかっていても、まだまだ精神年齢若輩者なワタシ。
「ちょっと~どぅさんも家事育児もっとやってよー!!」
と甘える日々は。。。多分一生続くと思うな。
どぅさん、いざ覚悟(笑)
信頼できる強力な友人の情報と、ネット上で収集した情報を元に、幼稚園の候補をしぼる。
と言っても、保育園からの転園など考えていなかったため、出遅れた幼稚園探し。
人気が高く、競争率が高く、恐らくそれほど商売っ気の無い幼稚園は、定められた願書締め切り日=10月1日までに日数を残したまま、願書配布締め切りとなっていた。
願書を入手できた園は5つ。
一つは歩いて通えて、先生方の質も高く、費用も安い、市立(公立)の幼稚園。
毎日お弁当で、時間は13時半までで、園長保育は無い。
でも前述のような理由から、人気が高く予想倍率は3倍弱。完全くじ引き制です。
ここが本命。
公立幼稚園と日をずらし、一斉に願書受付が行われる私立幼稚園。
解禁日を守る幼稚園や、商売っ気の高い幼稚園など、4つの園の願書をもらい、各園を見学させていただく。前情報と照らし合わせながら、先入観にとらわれることなく観察しようと心がける。
「曇りなき眼で見、考える」
だっけ?もののけ姫でそんなセリフがあったなぁと思い出す。
「アノ保育園にはもう預けたくない」
その思いから始めた幼稚園探しだけれど、それはイコール、私にとっては「もう職に就けない」ということ。一応保育園の転園を市役所に聞いてみたけれど、担当者に言われるまでもなく、それはどう考えてもハードルは高すぎる。フルタイムで働いていたときならば、粘って粘って粘ってでも保育園の転園を交渉するけれど、今の在宅ワークだけならば幼稚園でもやっていける・・と思うと、そこまで厚かましく交渉できない自分がいる。
「職に就けない」と思い鬱になる。
「でもアノ保育園には預けられない」との思いに駆られる。
幼稚園探しに心煩う。
「職に就けない」と凹む。
「でもアノ保育園には・・・」
・・・繰り返す私。
何やってんだかなぁ。
お盆ですね。
我家は例によって合宿と遠征です。
合宿地でお会いできる方、是非お会いしましょう。
と言っても、スキーゲレンデまで来ていただかないと会えないのですが・・・。
皆さん水着持参でお越し下さい。あ、途中合宿地から大会遠征に出かけるので、来ていただける場合は事前に日時をご連絡くださいませ。
最近3つのサイトを管理しています。
ひとつはコレ。
もう一つはチームのHP。
そして仕事で書いているブログ。
遠征に出る場合(夏はまさに遠征三昧)は、仕事用ブログを先に書き溜めます。
そして遠征後は筋肉疲労と闘いながら、大会(宴会?)の様子をチームのHPにちょっとだけUPしたりします。
そうこうしているうちに、水澄家ブログに書きたい書きたいと思っていたネタが、筋肉中の乳酸に溶け出して、すっかり記憶から消えているんですね~。
ちなみに筋肉疲労回復にはBCAAが抜群に効きます。
我家はグリコのパワープロダクションを愛用(愛飲?)しています。純度の高いパウダーをオススメします。・・・誰に?
水澄家のブログ更新が滞りがちな、もう一つの理由。
外に働きに行き始めたわけではありません。
縁あって、「マイスターエッグ」というオリジナルグッズ作成ソフト&システムのユーザーブログを書いています。
このシステムで作れる製品は現在21種類。Tシャツやトートバッグなんかはもちろん、ネイルチップやビーズクッションまでオリジナルデザインで作れます。
このソフト、デザインセンスがない私でも楽しめるので、絵心のあるヒトはもっともっと楽しめるんだろうなぁ。。。と思う日々。
今、作ろうとしているのはタペストリー。
「あいうえお・・」という字と絵の組み合わせた一覧表ってよくありますよね。
遊びとお勉強を組み合わせたアレです。今どきは押せばしゃべる玩具もありますが・・・。
アレをタペストリーで、くぅ専用オリジナルに作ろうと格闘しています。
いつか出来上がって、ここでもお披露目できると良いのですが。
ダウンロードはタダですので、よかったらどうぞお試し下さい。
マジで結構使えます。
ブログは1ヵ月10~15本の記事を書きます。
日々の雑感をつらつらと心のままに書き綴る自分のブログと違い、書くのにとっても時間がかかります。
最初の基本設定以外、ほぼ自由に運営。だから方向性も迷いまくりながら書いています。皆さん、どうぞ暖かく見守ってやって下さいませ。
っていうか、賑やかしにコチラにも遊びに来てくださいませませ。
「ケイティの簡単&オリジナルのすすめ」
・・あ、プライベートとハンドル名使い分けています。
突然、くぅがそんなことを言い出した。
保育園でお絵かきをする。母の日や父の日のイベント時には、先生が折ってくださった折り紙に目と口を描き、家族へのおみやげとして持たせて下さる。
目は黒、口は赤と教えられたのだろう。実際、くぅが持ち帰った顔の口の部分は、黒で描き始めた上に赤が塗られていた。
「何色でもいいんだよ。お口は赤じゃなくてもいいんだよ。好きな色で塗っていいからね」
先生と違うことを言っては混乱するとは思いながらも、つい言ってしまった。
だって、正解はないでしょ?
目だって黒じゃなくていい。肌の色だって然り。
くぅは放っておくと黒や青といった色を選んだり使いたがる。
カラフルな色使いや、キレイな色を選んで欲しいとは思ったりするけれど、「今、その色が目にとまり、その色を使いたい」んだから、それで良いじゃないとも思う。考えて選ぶんじゃなくてネ。
だけどくぅは「違うよママ。お口は赤だよ」と言い張る。
そりゃそうだよね。先生に言われクラス全員が赤いお口を描いているんだから。集団で生活することのメリット・デメリットを考えてしまった。子が属する集団を親がいつまで、どこまでセレクトするか・・・。
でも、どう選んだところで、集団意識と自身の距離のとり方は経験して学んでいくしかないとも思う。
以前日記に書いた谷亮子選手が妊娠を発表し、記者会見で「田村で金、谷で金、ママになっても金」と言っていた。
凄いな、この人。
容姿を重要なファクターとして、彼女に対する賛否両論はブログ界でもいろんな人が話題にするけれど、彼女の在り様は、そういう次元にはない様に思う。
集団意識に左右されない強さを感じる。羨ましいぞ。
件のセミナーは「壷を買えば幸せになる・・・」ってものではなく、望んでいた某システムのセミナーに間違いなかった。
参加人数は約40名。名古屋の中心地、電通や日経新聞そばの貸し会議室。セミナー時間2時間、ということは前後合わせて4時間は部屋を押さえているはず。
・・・このセミナー、受講無料だもんなぁ、無料・・・。
主催した某ベンチャー企業としては、どれほどの費用対効果を望んだ販促活動だったのだろう?
習い性と言うべきだろうなぁ。不必要に観察する。デモをするためのマシンは全てMac。iBookG4とPowerBookG4。会場での回線はPHSを使用(これがイマイチ通信速度遅い)。受付の方の手元にある一覧表をざっと盗み見る。40名のうち、38名がWebデザイン系の会社の方々で、どうやら受講各社の面識はないらしい。そして、個人で参加していたのは私ともう1人だけだった。
前職の広告会社時代、この手の媒体説明会では面識のある他社の方々が必ずいて、各社まとまって陣取っていた。大手広告会社は必ず前方に陣取り、説明会前後の余白時間も媒体社の要人をつかまえて情報交換を欠かさない。質疑応答時間では必ず気の利いた発言をする。さらに言えば、説明会の為に来阪する要人のスケジュールを押さえ、クライアントへアテンドしたり、夜の予定を組み・・・
なんてコトしていたなぁ・・とぼんやり思う。今こうして同じように会議室の中に居ながら、知り合いが1人もいない違和感。
「お名刺頂戴できますか」
私の妄想を打ち砕く一言。
「すみません、個人で参加しており名刺を持ち合わせておりません」
と丁重にお断りする。
本音は
「あいにく、人生の端境期で名刺を持ち合わせておりません」
なんだけどね。
あ~でも、名刺を持っていないとセミナー終了後に顔を繋ぐこともできないのよね。不便だわ。
首の皮は繋がっています。厳しいながらも少々の料金UPも認めていただきました。本意ではない金額ではありますが、先方の実情も理解できるし、6月いっぱいで終了する今まで請け負っていた仕事の倍額くらいにはなります。それでもくぅの保育料に満たないところがちょいと悲しいですが。
ずっと仕入れ的業務に就いていた私は、値上げの料金交渉を初めて行った気がします。もちろん初めてではないのですが、それくらい”与えられた予算で付加価値があるものをつくり出し効率よく仕入れる”ことに執心した前職だったんだなぁと思い出されました。
ま、値上げ交渉と言っても、希望を伝えただけの大した交渉ではないのですけどね。
きっとこの1歩が次ぎの1歩へと続いていくでしょう。頂いた仕事は、私なりにきちんと仕事をしていこうと思っています。・・・何だか決意表明のようだなぁ(笑)
ところで。新しい仕事に役立つと思われるシステムの無料セミナーが最寄で行われることをWeb上で発見!定員40名で既に申し込みは締め切られており、セミナーは明日。ちょっと迷った末に「会社概要」として明記されている本社に電話して直談判してみた。
暫くの保留音の後
「定員オーバーですので、お席をご用意できないかもしれませんが、それでも宜しければ」
と受け入れてくださった。
ウッソー♪ダメもとですが言ってみるもんですね。←私の人生パターンだなぁ。
どぅさんには「無料セミナー・・怪しいなぁ。壷とか買わされないでよ」と笑って茶化された。そうよね。”無料”ってところが怪しいよね(笑)
締切後にもかかわらず本社まで電話したのは、明らかに昨日読み終わった「魂萌え」(桐野夏生)の影響を受けてるなぁ。この本の話しは改めて。
数日前のこと。
細々と頂いていたお仕事を、突然6月一杯で契約終了とする連絡がきた。社内に余剰人員が出来たため、外注をやめ自社制作するそうだ。ただし以前から予定されていた新しいお仕事は立ち上げ、担当させてもらえるらしい。
…が、提示された料金に目を疑った。私の目算の半額以下。この仕事に関しては、構想を伺ってから遅々として進展しないため、何度か企画を出し進行を促していた。しかし反応はなく、いきなりの低料金提示と6/1からスタートとの連絡。いくら、業務拡大のための派生業務で本来の仕事(=ソフト開発)と違うとは言え、いくら私が温厚とは言え…落ち着け、わたし。怒りと動揺を上手く抑制できないまま夜を過ごす。
どぅさんは「潮時かもね」と言う。モチベーションが下がる金額なら辞めたら?って。いつもながら彼はクールで、ヒートアップしそうな私は少しトーンダウン。翌朝、ふて寝状態で遅目に起きると、どぅさんが用意してくれたパンを一人大人しく食べていたくぅが
「ママ、お目目覚めた?」
「うん。パン食べていたの?ママのあるかなぁ?」
「あるよ。これどうぞ」
・・と優しい。ふぅぅ。
起きたときには薄曇りだった空は、登園のため車に乗り込む頃にはすっきりと晴れていた。
空が青くて気持ちが良いな。の延長線上に、これで良いんだ。があった。
必要なときに必要な仕事を与えられたのだ。長く留まる仕事ではなく、次へ進めとサイコロが振られたんだ。と思いつく。
もしも今受注している仕事がなかったら転居後の保育園入園は確実にむりで、その事を”自由を失った”と捉える私は、家族にも悪影響を及ぼしていただろう。今ある選択肢は、短期間ではあるけれど今までの仕事のお陰。実績のない私に新しい仕事がもらえていただけでもシアワセじゃないか。そう思うと不思議と本当に気が晴れた。
ま、自分の気分の持ちようと業務処理は別なので事務的な連絡を取り、今後の方向性を探る。面識はある相手だけれど99.9%メールでのやりとりなので、新業務立ち上げの意思確認と料金交渉もメールで。
仕事の状況というのはどんどん変化していく。実は私、2ヶ月前に計画された新業務立ち上げは、冷静に現状を考えると不必要ではないかと思っている。不必要=ワタクシ失業・・ということだけれどね。ただ企業としては効果のない事に費用を費やす必要はない。冷静な判断を求めた。
怒りはなく非常に冷静に言葉を選んで書いたつもりのメールだけれど、明け方詫びを含めた返信メールが若い担当役員から来ていた。私の文面から怒りを感じたらしい。ごめんね~、そんなつもりじゃないんだけどなぁ。
新業務立ち上げは総意だと言ってくれたが・・・。こちらの非礼も詫びたうえで、再度意志確認をする。
本当に新業務必要???必要ならコンセプトをしっかりと立て直さないと意味ないぞ~。別にいいのならそれなりに受けるけどさぁ、その仕事。とほほ。仕事は双六のように進んじゃいかんでしょ~。冷静且つ建設的判断ができるならば新業務とりやめ、もしくは企画練り直しとなるだろうなぁ。ふむ、晴れて再失業かな?わたしゃ、派遣会社にでも登録に行きましょうかねぇ。
何て安易なタイトルなんだ・・・。まぁ、あんまり寝てないのでカンベンカンベン。
最近ソフト開発会社の某氏(=友人)と打ち合わせをすることが多く、お便利ツールを教えてもらっている。皆さん結構使っているのかもしれないけれど、殆ど会社でしかパソコンをしていなかった私には結構目新しい。
ひとつはMSNのメッセンジャー。
ほうほう、チャットなるもの今晩初めて使いましたよ。打ち合わせに使ったのだけれど相手が返事を書くのを待つ間にメールの送受信をしたり、議題になっている書類の訂正をしたり。複数のソフトを使用しながらリアルタイムで打ち合わせが出来る。インカムがあれば通話も可能らしい。ふぅぅぅん。使いようによっては時間もお金も効率的じゃないか。
もうひとつが宅ファイル便。
大阪ガスが始めたサービスで現在は関連会社のエルネットが運営している。メール添付で送るにはデータが大きすぎたり、安全性に問題があったり・・、宅急便やバイク便は時間もお金もかかる・・という大容量のデジタルデータを安全に早く無料で!!届けるサービス。
うーん、届けるというとちょっと語弊があるけれど、メールとネット接続の操作程度で簡単にファイルをUPして、ダウンロードできる。ファイルは一定期間ですぐに削除されるから安心。
今回はサイトのリニューアル作業のため、友人が構築したサイトのフォルダを受け取り、チェックしてもらうために更新した最終段階のものを送った。
1度に10ファイル50MB、そして3人まで同時に送れる。あくまで送れるのはファイルであってフォルダの送信は出来ないけれど、データファイルを入れたフォルダごと圧縮すれば、圧縮後のフォルダは1ファイルとカウント。
ちなみにサイトのリニューアル結果は「良いと思います」の一言。「みてみて~」と嬉しげにどぅさんに見せたものの「ふーん、いいんじゃない」。みんなぁ、結構時間かかってんですけど(涙)
仕事をしているときの私はバランス感覚が良い方だと、密かに思ってた。
あ~、身体のバランスじゃないですよ、仕事での立ち位置。
利害の異なる人達の間に入り、皆が引いたり押したりする中、良い塩梅のところへ着地させる。いえ、”させる”なんてエラソーなもんじゃなく、間に入るプラグ、言葉を繋ぐ接続詞。大した役回りではないと自覚しつつも、接続を間違えるとおさまるものもおさまらないことを承知し、末っ子らしく皆様の懐へ入りつつバランスを取っていた。
よって私のおさめ処は私が自主性を持って決めるのではなく、皆さんのご意見の賜物。
これがねぇ、部署が変わり、営業的人種だけでなくクリエイターやデザイナー、編集者という「つくるひと」とのお仕事になると落とし処がまーったく見えなくなる。恐らく営業やクライアントの立場に寄り過ぎているのであろうけれど、”交渉”をして相手を怒らせること数え切れず。言葉を選び切れていないのか、選びすぎなのか、自分の意見がなさ過ぎるのか、全くお手上げ・・ということがシバシバ。いやぁ、あれは未だに鬼門だなぁ。
そんな私が、おままごと程度ながら”つくる”お仕事に関わらせてもらっている。何だか人生ってわからないもんですね。
くぅを保育園へ送った後、簡単に家事を済ませパソコンへ向かう。お金にならないこともいろいろとやっていて、気が付くと延々PCと向きあって1日が経過していたりする。しかも時間のワリには成果が少なくて凹んだり。そうかと思えばムキになって延々と家の片付けをしたり、くぅの小物を縫ってみたりする日も。
最近気付いたのだけれど、無意識のうちに”PC的電脳空間”と”家事的自宅空間”の間でバランスを取っているみたいだ。うん。”個人的外出空間”を加えれば、もっとバランスよくなるんじゃないか?せっかくの1人の時間。そろそろ図書館やプールや映画にも充ててみようかな。
TBSのホームページに連載されているコラムに、新聞記事の盗用があったそう。
実はここ最近、お仕事で定期的にコラムを書かせていただいている。私のような凡人は、ネタが降ってきたり湧き出てくるわけではないから、新聞はモチロン、ネットや知人友人あらよるところからネタを拾ってくる。
前職時代に著作権やら肖像権やら知的財産権などの知識は聞きかじっていたので、注意はしているつもりだけれど、どうなんだろう。まぁ、あの、その、大したコラムじゃないので「お前が気にするな」ってレベルなんだけれどね。
でも大したコラムじゃなくても、お仕事で頂いている以上、何かしら不備やミスがあるとその企業のイメージに関わってくる・・よね。
本人はそんなつもりがなくても盗みを働いているかもしれない(TBSの部長さんは意図した行為なんだろうけど)。無知が罪になったりする。気をつけよう。。。
ところでどの程度の盗みだったんでしょう。ちょっと気になります。
自宅のPCへ送るつもりの携帯写真を間違って何枚もココログに送るわ、あわててPC立ち上げたらWin・Macともにネットに繋がらないわ…。なんてこった〜。
どうしたらいいんだ〜(泣)
光ファイバーのマシンは正常であることを示すランプが点灯している。AirMacも正常に働いている緑色のランプ。でもWinもMacも繋がらないということはPC自体ではなく無線にしているAirMacが怪しいよなぁ・・・。うぅぅっ、私ってば対処能力のないヤツ。ついでに言うとどぅさんは心の支えにはなっても、技術的サポート能力は皆無。うううっ。
仕方がないので私らしいやり方で解決を図る。うちで使用しているPC関係で、唯一こんなGW最終日の日曜夜21時までコールセンターを開設してくれている回線会社へ電話する。電話受付終了15分前。やはりAirMacが怪しいということで「10分間全ての電源を抜き、再度接続」を指示され一旦電話を切る。結果Winだけは何とか繋がった。
どぅさんに「残り1分。50秒・・40秒・・」とイジワルくカウントダウンされながらも再度先ほどの担当者へ電話が繋がり結果報告。ルーター機能を持つ無線機器は気まぐれに時折こういうことがあるらしい。はぁ・・・心臓に悪いよ。
これで何とか明朝のお仕事はできそう。あ~でもMacの設定が残っているなぁ。面倒くさいよぉ。
GWは関西にいます。
30・1日は例の兵庫の山奥、2日はびわ湖です。
2日、兵庫から滋賀への移動途中に下車し、昼頃(元)会社に顔を出します。子連れになりますがご容赦下さい。
皆様にお会いできるのを楽しみにしております。
えー、体調持ちなおしてきました。結局扶養申請は間に合わず、体調回復が先で、医療費をケチった私は医療機関に行くことなく済ませました。主婦の鑑・・ちがう?ただ違和感は少々残っているので、保険証が手に入り次第受診しますです、はい。
いったい根本的には何のストレスだったのか?
「きっとね~、仕事をしていないストレスだと思うのよ。自活出来ていない、収入の目処が立たないストレス、焦り。扶養に入るストレス」
と呟くと
「そうだね」
即座にどぅさん同意。あら、あなたもそう思ってたの?
仕事のストレスは10数年で身体に出たけれど、仕事をしていないストレスは半年余りで身体に出た。なんて体質なんだ。身体を休ませながらも「じゃぁ鞭打って仕事探した方が健康回復に繋がるか?」なんて思ったりもしたけれど、今までの自分を脱皮すべくひたすら休養をとる。
そんな折、請け負っている仕事が新たな展開を見せそうな気配がしてきた。
そうだ、焦るな。せっかく頂いているお仕事。ゆっくりでも、小さな歩幅でも、はじめの一歩をしっかり踏み出そう。
2月下旬に受験していた試験の合格通知が郵送されてきた。ふぅぅぅ、ひと安心。
有能な講師陣のサポートと、ここには書けないミラクルが試験中に起こったこともあり、とんでもない大ポカをしでかさない限り合格ラインには達しているとは思っていたが・・・。受験経験者の方ならこの感覚はわかっていただけると思うが、試験当日自分でも考えられないミス「名前を書き忘れる」とか「受験番号を間違える」とか「保存がされていない」とかをしたのではないかと心のどこかで心配していた。・・小心者。
合格した資格はサーティファイの「Webクリエイター能力認定試験上級」です。HTMLの記述ができ、CSSの記述ができ、HP作成ソフトを使用でき、そこそこのタイピング速度と試験傾向への対策が出来れば合格できます。独学で取得される方もいらっしゃるでしょうが、試験対策はやはり講師がプロ。増して独学できないタイプの私は独りでは無理だったと自信を持って言えます。賢くないんだなぁ、私・・・と、合格発表を手にしながら何故か少々落ち込んだり。あ、でも点数はかなり良かったです。恐らく間違えたのは2,3問。
だったら超初心者時代に作成した自分のHPをどうにかリニューアルしろよと自分にも突っ込むが、まぁ、いいじゃないか。そんなことよりも優先しなくてはならないことは山ほどある。職業訓練に通い続けるために単身赴任を強いてしまったどぅさんや、パパがいなくてさみしい思いをさせたくぅや、くぅの看病に駆けつけてくれた実家の母に報告できるよう収入の道を探さなくてはね。
ケーキを買って早めに帰宅してくれたどぅさんとくぅと家族3人でお祝いをいたしました。みなさん、どうもありがとう。
母親が職業訓練中の身では正直言って認可保育園に入園できるとは思っていなかった。この地区の育児に関する掲示板をいくつか探り当て閲覧したが、いずれも「正社員でも入園できませんでした」とか「数年待機しています」とか・・。
家の裏にある第一希望の園に入園できなかった後に紹介されたのは隣の区の情報公開していない保育園。足踏みしたまま日を過ごしていると、意外な事に市役所の担当の方からどぅさんに電話が入った。
「どうでしたか?隣の区の園は?」
例え認可でも隣の区だし、今どき情報公開していない園は気が進まないことを伝え、何とか最寄の園に入る事が出来ないのか。と、彼が粘ったところ区内の私立認可保育園への入園手続きをとっていただける事になった。隣駅で車で約20分もかかるけれど、認可保育園に入園できるか否かは雲泥の差。
よく入れたなぁ。役所から追跡フォローをしてもらえるなんて思いもしなかった。
後押しして励ましてくれた職業訓練のママさん達、本当に感謝しています。今後どなたかの参考になるかどうかわからないけれど、以下我家の方策。
まずは4枚にも及ぶ手紙を市役所の担当部署宛に書いた。身勝手にならず、独りよがりにならず、けれど全身全霊の嘆願書。知人に4月からの仕事の外注証明を書いてもらう。提出書類の伝わりにくい箇所にはメモ書きなども貼付。これらをまとめて受理期間早々に提出した。決して無駄ではなかったと思ったのは、先日市役所の担当者へ挨拶に行った時。必要書類のみならず、手紙からメモ1枚に至るまで全てファイルされていた。
そして役所への窓口はどぅさんに1本化した。母親だけが働きたいわけではなく、父親も積極的に育児に関わり、共働きを望み、保育を望んでいるという姿勢をアピールしたかった。仕事が忙しい最中、時間を割いて役所に交渉に行ってもらったりもした。
これらのことが功を奏したのかどうかはわからない。1年間で最も入園しやすい4月の募集時期に間に合った事も大きい要因。
・・こんなに策を練りやっと入れた保育園だけれど、入園説明会に出席して、実はもう転園させたいと思ったりもしている。まぁ前の保育園も入園したばかりの頃は文句言ってたからなぁ、私。数ヵ月後にはとっても気にいってるかもしれないんだけど。
昨夏、早期退職優遇措置に乗っかり長年勤めた会社を退職した。対象年齢となっていたが自らは辞める気など更々なく、どぅさんに勧められ初めて考えた。考えた末に、辞める事を自分で決意した。
退職後「辞めるんじゃなかった」とも「辞めて良かった」とも、正直どちらも思った事がなかった。
が、名古屋へ転居して初めて「あのとき辞めていて良かった」と思う。
もしあの時辞めずに働き続けていたら、もしどぅさんの転勤決定後に会社を退職したならば、郷愁の想いはもっと強く、自分を縛り付けただろう。たった数ヶ月の些細なタイミングの違いだけれど、大きな違い。何とヒトは心理的要因に左右される動物か・・。

働く場所から、通過する場所へ。
思いの外打ち合せに時間がかかり、古巣へ顔を出すことが出来なかった。緩やかな約束をしていた皆さん、お会いできなくて残念でした。
また、どこかでお会いしましょう。
市販薬と民間療法で騙し騙し無理を続けてきたけれど、くぅの風邪の余波を受け戦況は一気に不利に。はい、私発熱しました。割と熱には強い質で7度5分くらいまでは全く平気なはずが、9度近く感じるのは蓄積した疲れのせい?日曜夜もどぅさんが家に残り、夕食から朝食まで面倒を見てくれ、新幹線で通勤。お陰でくぅも私も今朝は何とか家を出ることができ、あとはぶり返さないことを祈るばかり。…でもなぁ、保育園に着いた時点で、くぅのオデコちょっと暖かかったなぁ。
3ヶ月の職業訓練の成果、約2週間の制作行程で卒業作品が出来ました。時間に追われ、荒削りで、やりたいこととやれることの技術の差があり、且つ習ったことは使ってみたいと盛り込み過ぎの感は否めませんが、見てやって下さいませ。
Windows XP の IE 、Mac OS X の safariで確認すると大丈夫なのですが、Mac OS X の IE で確認すると表示されません(涙)IE のセキュリティレベルの兼合いか、ちょっとだけ記述している Java Script がいけないのか・・・。学習したことの範疇を越えたことへの対処は全く出来ず。応用の利かない奴で恐縮です。しかもネスケでは未確認です。
使用したソフトは「Photoshop Elements 2.0」「FLASH MX 2004」「Homepage Builder ver.7」
あ・・・、美容室のサイトです。約7年間私とどぅさんと母の髪を切ってくれていた美容師さんが独立されるので、つくらせて頂きました。このオーナーさん、私より若いのに今時珍しくPC経験ゼロ。携帯にメールを送ってもFAXでお返事を下さるような方です。よって、出来映えは気に入って頂けましたが、世に出ることは・・・かなり低い可能性かと。超アナログな美容師さんですが技術&サービスは素晴らしいです。機会がありましたら是非行ってみて下さい。ちなみに「HPを作った人の紹介」と言って頂ければ20%オフです。
※「こぅの紹介」と言っても、彼はこのサイトを見たこともないのでハンドルネームは通じません
期間限定でスクールから割り当てられているURLです。明日にはサーバーから消去されそうです。
「作品」
一応商用サイトを意識して作成したので、権利関係はクリア出来るよう気をつけましたが、一部既存のものも使用しています。<店のロゴ・トップページ仏文・英語ページコンテスト写真・スタッフページ横顔イラストの輪郭・・・>の4つです。フランスの写真は、美容師さんが2月にフランスに技術研修に行った際に撮ってきてもらったものです。それ以外の写真撮影・画像加工・コピー・デザイン等は全てオリジナル。オープン前で素材となるものが少なく、(卒業作品として)ボリュームを出すのに苦心し、結果イメージ寄りのサイトに仕上がっています。
どうでしょう。名古屋で新しい職に就けるでしょうか・・・。
おばあちゃんにくぅを頼み、本当に本当に久しぶりの独りの夜。
若者たちに「オバサッ(ン?)、大将、みんなの母さん」などといじられ、楽しく飲む。講師の現役WEBクリエイター氏とビジネスパートナーの握手を(勝手に)交わし、連絡先を一方的に押しつけ、ヘルプデスク契約を打診。ついでに外注スタッフとして仕事をまわしてくれと交渉。実を結ぶかしら?
皆が二次会に行くところを抜けて帰宅しています。70歳の母には2歳児をお風呂に入れるのは重労働ですから。
雨が降りだした京都をTAXIで走る。独りの象徴的な時間。
昨夜くぅと共に寝てしまい、起床7時。試験がひとつ終わった安堵からか、途中うっすらと意識が戻るものの全く起きれず。久しぶりにゆっくり寝れたけど、リビングは荒れ野原。お雛さまだけが整然と鎮座していた。はぁ〜仕方ないね。
さて試験。当たったPCが古くタイムロスが多かったり、自覚するだけで2問のミスがあったり、FDへの保存が出来ているか(古いPCで何だか信用できない)心配は尽きないけれど、多分大丈夫でしょう。多分‥。結果は約1ヵ月後だそうです。
さぁ、次の山へと向かいますかぁ。
どぅさんは私の理想のタイプではあるけれど、どぅさんが私を見初めた理由が最初わからなかった。じゃぁ今はわかっているのかと言われれば、そうでもないのだけれど。・・・あ、友人各位よ、この後続く文章は聞き飽きたノロケではありません。どうぞ最後まで読んでって(笑)
彼の語彙の中から理由を述べると「ギラギラしていたから」らしい。「仕事大好きなの~。頑張ってるの~。一生馬車馬のように働いて、あなたを養ってあげるわ~」的にギラギラ。・・・ふーん。
つい先日、今後のお仕事に関係してくる内容を共通の知人と話していた。その場にはくぅもいて皆で食事をしながらだったのだけれど、どぅさん曰く「すっごくギラギラしてたよ。そんなこぅちゃんが好き♪」(←大いに揶揄含む)。・・・ふーん。
どぅさんが本当に養ってもらおうと思ったか否かは別として、本当にギラギラが好きかどうかは別として、確かに先日は凄い集中力で「何も聞き漏らすまい!」という勢いで話していた。だって”ながら”聞きして理解できるほどソノ内容の知識も経験もないんですもの。自分でも「喰いついてるな~」と自覚はしていました。
嗚呼でも私のスタイルなのかもしれない。スマートに控えめに仕事が出来ない。
「やりたいやりたい!私にやらせて~!わー大変!助けて~教えて~ほらほらこんなに頑張ったよぉ。どぉどぉ?良いでしょ~ね、ね、次ぎも宜しくね~」
という感情を素直に伝え(決して騒ぎ立てるワケではないです)、周囲を巻き込む。主体性を持って人様のお力をお借りする。うーん、末っ子だなぁ。
もしかして。もしかして本当に保育園に入れるかもしれない。車で20分くらいはかかりそうな場所で、どこに通勤するにしても不便そうではあるけれど。先日の情報公開していない園ではなく、別の園。ぬか喜びになるやもしれないので、詳しくは決まってからUPします。
頭を悩ませていた卒業制作の目処が立ってきた。技術とやりたいことのギャップや、限られた時間に追われ、とても荒削りだけど。
そして日曜日には1つ目の試験。
今週でひと山越える感あり。さて来週からは棚上げしている転居に関する事務手続きにも取り掛かるとするか
今週日曜日、資格試験。
来週水曜日、自主制作作品UP。
再来週土曜日、も一つ資格試験&引越し&ローン関連処理。
あー、私にしては珍しく睡眠時間を削って毎晩夜中2時くらいまでイロイロ頑張ってるんです。
一番ツライのが夕方の時間帯。気が抜けるのか、猛烈な睡魔が襲ってくる。危ない危ない、くぅのお迎え安全運転しなくては・・・と思いつつも、頭はボーッッッ。
何故こんなに厳しい状況を迎えているのか?はい。それは私が詰め込んだからです。貧乏性という表現はちょっと違う。無自覚なままに自分のキャパシティに挑んでいるカンジ。そうしないと生きている実感を得られなくなっているんだろうか?現代人的症候群の何かかしら?
しかしネムイ。日記を書いている場合じゃないなぁ。もうひと頑張りして、今日中にはベッドに入ろう。
覚書。昨夜BGM代わりに点いていたNHK。琵琶湖の葦に関する特集番組だった。年間通じて取材したようで(殆ど見ていないから覚えていない)、四季の美しい映像が流れていた。夏の花火、夜空に映える花火、花火を見上げる大きな・・・蛙。蛙の大きな黒目。濡れた黒目に映る花火。意外な映像の展開だけれど、キレイだった。
書いていて「マグノリア」を思いだした。・・・支離滅裂な文章だな。早く寝よう。
転居先でネット回線を開設するための書類を記入した。名義人を敢えて自分にする。もちろん支払いも。
くぅの保育園問題は次の一手が打てないまま日が過ぎていく。働き方も育て方も方向が定まらない。
だけど。何かしら自分で仕事をした場合、経費として計上できるように、私の名義に。
本当に些細なことだけれど、働き続けることを自分に念押しするように。
案の定、新居の裏にある保育園には入園できなかった。30分の3の確率だったらしい。
「隣の区にある某保育園になら空きがあるので直接問い合わせてください」と言われたそうだ。うーん、どうしよう。空きがあるのも何だか怪しく感じる。市役所の保育園一覧から検索すると一応公認の私立保育園。経営母体はお寺さん。でも各園からの情報提供欄(一日の過ごし方・園の方針・年間行事などなど)が一切開示されていない。もちろん園のHPもない。うーん、こんな園は初めてだなぁ。判断材料がない。ないってことが判断材料?
うーーー、仕事したいんだけどぉ。さてどうするかなぁ。
「頑張って」という言葉の功罪を耳にすることが多い時期があった。発言側はいとも簡単に口にするけれど、受け手は非常なプレッシャーやストレスを感じているという。育児であったり、仕事であったり、教育や指導の場であったり。そんな風潮を敏感に感じて「頑張って」という言葉を発する前に、他に適切な表現はないものかと時に頭を巡らせる自分もいたりした。
でも、シンプルな言葉は真っ直ぐに心に届く。
もちろん前後の流れがあってのことだけれど、友人の一言は私の心の一部となった。
ありがとう、頑張ります。
あまりジェンダーを自覚することのない私でも、時には女性らしく(?)生活の表層に現れるさざ波やうねりに対して愚痴も言いたければ、結論の見えない相談もしたくなる。
一方男性は深い本質で端的に答えようとする。まぁ、そういう人こそ好みではあるのだけれど。
よくないなぁ。精神状態が悪いと、ただでさえ次元の異なる会話が益々すれ違い、それによって生じた不安定感はくぅを直撃する。
何だか迷子になったみたいだ。
早く仕事を始めよう…。
職業訓練のオプションとしてMSオフィスの試験対策&受験が有料ながら格安で受講できることになりそう。クラスの意識が意外と高く、希望者多数なら…と、訓練を請け負っているスクールが料金と日程の検討を始めた。待機児童が多く保育園入園や就労が不透明な転居先を考えると、引越を半月ずらしてもこれを機に受講しておきたい気がする。
どうするかなぁ…。
職業訓練に通い始めて1ヶ月半余り。24名のクラスメイト(?)とも随分打ち解けてきた。いやぁ、面白いです。懇意になり一人一人が背負っているバックボーンが垣間見えると、皆個性的で何かしらトラブルを抱え、逞しかったりヘンだったり(笑)
そこは職業訓練という名のリハビリテーション施設のように感じるのは私だけでしょうか。就労という社会の枠組みから何かしらの理由をもって離脱し、またそこへ戻るためのメンテ&リハビリ。すごく現実社会での就労を意識しているけれど、結局箱庭の中で疑似体験しているだけ。もちろん、意味がないと言ってるのではありませんよ。この独特の世界は経験できて良かったです。
こうやって見知らぬ同世代(と言っても若者達に許されるかしら?under35の講座なんですけど)と一度に出会い、「クラス」という枠組みの中で数十日を共にする。利害関係や共通の趣味などなく、日中の殆どの時間を共有する。
面白いです。互いに距離を測りかねる段階から、顔見知りになり、共通の話題を持つようになり、少しオープンに交われるようになり・・・。気軽にお菓子やアメちゃん(←関西風の表現?)を分け合うようになると、会話はほぼタメ口に。食事を共にする、食料を分け合うというのは、やはり動物的に大切な儀式、互いを受け入れる儀式なんだなぁ。
関西という地域特性か、私が突っ込まれやすいのか。
「髪切ったんわかりませんでしたわ。そーいえば白髪なくなってますねぇ」
(うっ)
「子供一人?え?高齢出産?」
(under35のクラスだから、違うでしょ)
「O君(最年少10代)ってこぅさんの子供でもおかしくないですよね」
(ま、まーね)
「ねぃさん今日誕生日?あかんやん35歳以下のクラスやで。今日で退校や」
(そんなぁ)
はいはい、皆いらってくれてありがとう。
勉強のスタイルは人それぞれ方法論を持っているだろう。学校の勉強に限ったことでなく、仕事や趣味の習いごとでも同じく。“出来ない”状態が長く続くのが嫌な私は、独学が出来ないタイプ。自分で調べたり、通信教育など、疑問解明に時間がかかると学習を継続出来ない。今、すぐ、教えて欲しいんだよなぁ。だから人をつかまえて聞く。しかも鶏頭願望も強かったりする。でも6〜7割理解すると満足して極めない傾向もあり。残りの数割は他の要素で補おうとする。運とか人間関係とか…ね。いやはや、牛頭になれないタイプですなぁ。
職業訓練時、前の席の某男子が私のことを「ねいさん」と呼ぶ。
まぁ、そりゃ、あなたよりは5歳ほど年上だけどさぁ。
彼が試験対策用にアンチョコを作ってくれた。
その名も「ねいさん勉強」。嬉しいねぇ。
やたら良く寝る。何をおいても睡眠時間は確保したい。くぅじゃなく私です。こんな私はくぅの授乳期間中、本当に悲惨な精神状態だったと思い出す。
職業訓練の内容が少々ややこしくなってきた。せっかくなので資格試験を来月末に受験する予定。その資格があるからといって、イコール仕事になるわけじゃないと解ってはいるけどね。
くぅを寝かせた後の時間を予習復習に充てたい。わずかながら請け負っていることもある。さらに睡眠時間を削らないとすれば、日記を書く時間を削るしかないかぁ。
受講している職業訓練講座の講師の趣味はトライアスロンだった。初日の自己紹介時のこと。彼女の目標は、宮古島で行われる大会の完走タイム。と、私達受講生の能力向上&再就職だと言われていた。
”トライアスロン” ”宮古島”
2つのキーワードで思いだした人物は会社の同期だった。彼は社会人となってもピュアでアスリートであり続け、そしてアスリートで在り続けるために入社4年経った頃に退職した・・・ように記憶している。
「あぁ~この先生も熱くて彼と同じ匂いがするなぁ」
それもそのはず。私の職業訓練の講師のトライアスロンの指導者は、同期の彼だった。しかも話は発展し、前例がない事ながら職業訓練講座の一環として「就職支援セミナー:外部講師講演」なるものがお膳立てされ、約10年ぶりの同期との再会の場は、何と本日の職業訓練だった。
数年前に彼は起業し、名刺の肩書きは代表取締役となっていた。結婚して3歳の男の子のパパにもなっていた。相変わらずピュアでアスリートだった。人づてに噂では知っていたけれど、会うと噂では伝わってこないことが推し測れる。再会出来てよかった。
一見変わってないけれど、いろんなことがあり彼の内部では大変革があったようにも思える。そして結果として変わらない彼もいるように思える。
・・・上手く言えません。日記を読んでくれている同期の皆さん(2人だけかな)及び元同僚の皆さん、上手く伝えられなくてごめんなさい。平たく言うと、「たっちゃんは元気で相変わらずで頑張ってたよ」ということになります。そして彼の周囲には磁石のように善き人の繋がりがたくさんあるであろうことが容易に感じ取れました。たっちゃんにURLをお知らせしたので、ここに覗きに来てくれるかもしれません。
講演後の質疑応答で「2者択一を迫られたとき、自分は常に自分が楽しいと思える方を選択してきた。そしてこれからもそうすると思う」と答えていた。「好きで楽しい事ばっかりやって生きていければいいよなぁ~」とか「今はいいかもしれないけれど先は・・・」とか。いろんなご意見をお持ちの方はたくさんいるだろう。でも自分は楽しいと思っても他者にすれば棘の道かもしれない・・よね。私は彼の言葉にとても共感できた。
しかし、すごい縁だなぁ。すごくたくさんの偶然を重ねて重ねて彼と再会した。人生は選択の連続で、その選択はあくまでも自分の意志で行っているように錯覚するけれど、ふり返り見ればいつも導かれているようにも思える。さぁ、また一歩ずつ進んで行きましょうかねぇ。
お仕事の話を頂いた。
企業採用ではなく外注スタッフ。SOHOなんていう程のものでもないし、保育園の入園基準(最低週4日勤務)にも満たないけれど、新しい道のはじめのい〜っぽ。
最も小さい素数=1。小さいが故に大きな可能性を感じると思いませんか?0か1かは大きな違い。だよね。多謝!
転勤先新居探しの下準備として各方面の知人友人に地場情報を求めた。みんな水澄家の生活パターンや家族構成をもとに親身に教えて下さる。本当にありがたい。
中でも友人の某女史の動きには舌をクルクル巻いて地中深く頭を垂れる思いがする。的確なアドバイス、予想以上の情報(しかもちゃんと裏をとってある)、見返りを求めない姿勢、しかもそれが継続してタイミング良く差し出され続ける。彼女も夫の転勤に合わせ家族で転居し、持ち家を賃貸している。経験からニーズを理解しているんだろうけれど、とは言え・・・。例え同じ立場でもそこまでは私にはできないわ。
彼女とは仕事で知り合ったけれど、残念ながら一緒に仕事をする機会はなかった。仕事ができるとは聞いていたけれど今更ながらその認識を新たにする。しかも美人で聡明、酒が飲めて性格も良いときてるもんなぁ。
トドメは昨日の電話。
「子連れで物件見るのは大変でしょ。くぅちゃんが平気だったら半日でも家で預かってあげるから2人で見てきたら?どぅさんだけでまわる時間作るんだったら、こぅとくぅちゃんで家に休みにきてもいいんだよ。行きたいとこがあったら連れて行ってあげるしさ」
いやはや。感服しきり。子供預かってあげるから物件見ておいでとは、私にはとてもじゃないけど言えない台詞です。あなたにそう言って頂けるだけで勇気百倍百人力です。ありがとう、今週末も家探し頑張るよ。
「◎△※☆」は「冒険」「ゲーム」「喜び」なんでもいい。最近の私の生活からすると「ビジネス」…だな。人生は自己責任のもとに営まれており、知らないことは時に罪となる。各社訪問し情報を集め付け焼き刃なりにもルールと相場感覚を養い、効率を求め交渉し結果を引き出す。なーんだ会社辞めてもやってることや方法論は一緒じゃん。
しかし相手が法律や税金となると交渉事ではなくなってくる。
最近知ったこと。
1夫婦間でも贈与税がかかる
2夫婦間でも借用証書などを取り交わし、ローンを組める
3住宅の取得に関するモロモロの控除は取得者が居住する場合に限られる
4転勤などで貸した住宅の賃料は不動産収入として確定申告の必要があり、ローンの金利などは必要経費と認められる
5会社退職後、職業訓練を受講すれば雇用保険受給待機期間がなくなり、また、受給期間が終了しても職業訓練受講中であれば継続して雇用保険が受給できる・・・らしい
あー常識??私は知らなかったわぁ。贈与税なんて金額の半分くらい持って行かれるそうです。この数週間で習得した知識はとてもじゃないけど書ききれませんし、上記の内容で合っているかどうかも不確かです。まだまだ学習中ですので間違ってもご参考にされませんように。
仕事を辞めたのはくぅが2歳になる今年の夏頃。保育園の手帳を見返してみると9月下旬から熱を出していない。「2歳になると途端に病気しなくなるよ」と友人に言われていたけどまさにその通り。1年前の今頃は毎週熱を出していたのにね。そして精神的にも安定してきた。月齢に因るところも多いのだろうけど、保育園滞在時間に反比例した気もする。7:30〜18:30と園の保育時間フルに預けていたのが、求職期間中は9〜16時。そりゃ子供も楽だよね。
ところがここ1週間くらい登園時のお別れが名残惜しいらしく「抱っこ!」と言って離れようとしない。とうとう今朝は涙ぐんでしまった。うーん、敏感だなぁ。職業訓練に通い始めタイムスケジュールが1時間ほど変わり、私が少し気ぜわしくしているのが伝わるのだろう。転勤の準備に追われているのも感じ取っているのかもしれない。
育児書やその手の雑誌に「赤ちゃんにはお母さんの気持ちが伝わります。イライラしないで・・」などと書いてあったが本当。子供は自分を擁護養育してくれる人のことを敏感に感じ取る。無意識の親の期待に健気に応えようとする。生き残るためにインプットされている生き物としての知恵なのかもしれない。親として気をつけよう。
子供じゃあるまいし「顔貸しな」なんて体育館の裏に呼び出されることはないんだけど、お声が掛かったどぅさん。と言っても本人はもう忘れているんだろうけどね。
生命保険の更新が近づいてきて保険料がぐんと上がる・・前に某外資生保に乗り換えた。この某社の方々、殆どが転職者らしい。我家にやってきた少々灰汁の強い自信家のオジサマは金融からの転職組だった。よって使えるツテは酷使する水澄家、住宅ローンから贈与税に至までオジサマにお知恵を拝借。正確にはオジサマの懇意にしている国税出身の税理士さんや我家がローンを組んでいるBK支店長に。結果我家が抱えている課題の法的抜け道は無いことが判明。正攻法でクリアするしかないらしいことがわかった。この話はまた改めて。
・・・で。保険の商品説明から始まって会うこと数回。主に私が対応しているのだけど、先日「ご主人は生命保険のお仕事には興味はありませんか」と聞かれた。はぁ。保険は将来の備えではあるけれど”不安”材料に対応した商品。ピュアなところがあるどぅさんは”不安”を仕事の要因に組み込まざるを得ないこの業種に就くには抵抗感があり、客としての保険の見直しですら腰が重いことを丁重にご説明した。が、オジサマ意外と粘る。聞き上手(?)な私がオジサマの真意を測るに
・30代である
・ローンがある
・妻は仕事を辞め、養育すべき子供がいる
・転勤を宣告されている
・水上スキーという転居したくないであろう確固たる理由がある
・体育会系スポーツマンで現状から推測するに体力も自己管理も評価できる
・自己管理のもと仕事をする会社なので休みも調整しやすい
=社会人アスリートに望ましい環境だけに翻って仕事に集中し頑張る・・はず
要は仕事を頑張る要因が揃っている&自律能力に優れている・・・で、支店長に会わないかと伝えてくれと言われた。どぅさんの仕事っぷりを知ってるワケじゃないから、headhuntingとまでは言い難い。求職中の私、思わず「私じゃダメですか〜」と口走ったが流されてしまった。聞くとオジサマの知っている限りこの会社女性の営業は大阪に3人、北陸に1人(もちろん関東にはもっといらっしゃるんでしょうけど)。ふーん、女性のキャリアをあまり信用してないのね〜と久々に感じましたわ。そういえば私はハローワーク前で生命保険会社のおばさまに誘われたなぁ。夫婦して同業種の方々に「顔貸せ」と言われるとはねぇ。
今日から3ヶ月の職業訓練がスタート。国のお金を使うとあって、ある意味会社や学校よりも姿勢は厳しいかもしれない。提出書類もいちいちややこしくて多いしね。35歳以下の若年層(という名に設定されている)対象講座。1月に36歳になる私はきっと最年長・・・と思っていたら他にもいました、ママさん。
自己紹介時に最年長を自負した私ともう1人、さらにランチ時に「実は私も〜」と声をかけてくれた1人、計3人の35歳ママさんでランチをしました。なるほど、雇用保険をもらうママという身分になってもしぶとく職業訓練を受講し資格を得て次のステップを見出そうと足掻く人というのは、似通った匂いを持っている気がします。
以上、初日の感想です。
しかし、水澄家の状況からすると悠長に勉学に励んでいる場合ではない。それよりも不動産や金融の社会勉強に励む時期であるとはわかっているんですけどね。「もー、いっそ学校辞めちゃえば?」と、珍しくどぅさんに言われてしまいました。でも、まぁ、せっかくなんで資格試験まで辿り着きたいのよ〜。と、HPを使って家庭内ネゴ。
話は全く変わりますが、今夕はくぅの2回目インフルエンザ予防接種を受けました。保育園の帰りの車中
「つよーいお風邪をひいてしんどいしんどいにならないように先生にチクしてもらいに行こうね」
「いやや、チクいやや」
「そうねぇ、痛いのはいやだねぇ、くぅちゃんエーンするかな?」
「うん、くぅちゃんエーンって。ね、ね、」
「でも別にエーンって泣かなくてもいいんだよ。泣きたかったらなけばいいんだけどさ」
「うん。・・・(少し考え)・・・エーンする」
先生が注射器を取り出したところで宣言通り涙をぽろぽろ流して泣き始めましたが無事終了。頑張った子供たちに用意してくださっているシールのプレゼントを頂いて帰宅しました。やれやれ一安心。
私が退職していることを会社で公表していないどぅさん。同僚の方々、そしてその奥さまの関心は「水澄家の奥さんの仕事はどうするの?キャリアウーマン(!?)だから“私が養ってあげるわよ”と言ってどぅさんが辞表を提出するのでは」だそうな。今更夏に辞めてたと言い出せないどぅさん「妻は3月に退職して家族で転勤します」と言ったそうです。
12月から始まる某職業訓練。定員以上の申し込みがあり私が申し込んだ職安では9人中7人に絞り込む…抽選が行われた。どうやら都道府県や講座により対応は違うらしい。面接や受給者資格ランク順とか今回のように抽選とかね。今朝保育園の先生に「頑張って」と見送られイザ抽選会場へ!
35歳まで限定の講座とあって、ギリギリ対象者の私は若者に混じってガラポンを回す。…そう、ガラポン!商店街のくじ引きで使うアレです。へ〜職安っていろんなもの置いてるのね。で、申し込み順にガラポンを回す。私は4番目。いや〜たかがくじ引きですが思いの外ドキドキでんなぁ。冒頭3人が連続して当たり(と言うのか?)、オイオイ確率的にヤバイんじゃないの?と思っていましたが無事当たり、私の後連続して2人の方がハズレでした。
ということで12月から3月初旬までのウィークデーは京都某所にてびっちり勉学に勤しみます。受講料無料、交通費全額支給、テキストは自費購入するものの通算するとテキスト代を上回る日当500円の支給付き。各職安からエントリーの受講生は恐らく総勢24名、間違いなく一番オバさん。あー、ぼちぼち頑張ります。
ということで暇人は今月いっぱいで返上します。11月平日の昼間、友人のどなたか遊びましょう。
全日本CM放送連盟(ACC)第44回受賞作品が発表された。グランプリはネスカフェ「朝のリレー(空)」。谷川俊太郎氏の詩を長男の谷川賢作氏のピアノ曲にのせた「天使の涙(byクレ−の天使)」、映像は世界各地の朝の風景。どこぞのTV局の映画枠でO.A.していたような気がするから、目にした人も多いだろう。
ちょうど育児休暇から復職するタイミングで、空を名の由来に持つくぅの母としてはCMが流れたときにTVに釘付けになった。その時に見ていた映画は覚えてないけれど、そのCMを見ていた部屋の様子は何故か今でも良く覚えている。CMは深く心に残り、復職後はPCのスクリーンセーバーにしていた。
実はすっかりACC賞のことを失念しており、元職場の方から結果を知らせるメールを頂き思い出した。そういえばこの賞へのエントリー業務は私の最後の仕事の一つだった。残念ながら私がエントリーをお手伝いした作品はグランプリを受賞できなかったようだ。
久しぶりにネスカフェのHPにアクセスしCMを見た。詩も曲も映像もナレーションも素晴らしい。それぞれの完成度が高いのに互いにspoilしないのがなお素晴らしい。っていうか、このCM大好き!すごいなぁ。そういうクリエイティブな能力が全くない私はひたすら感心感服する。思えばクリエイティブという部署に配属された会社最後の1年間はそんな毎日だったなぁ・・と、少々懐古。
くぅと2人きりのいつもの夕食が終わる頃、携帯が鳴った。くぅの声を聞きたいどぅさんが出張先から早々にかけてきたと思ったが、表示されているのは見知らぬ携帯の番号。最近のワン切りは2・3コールして切るというから様子を見ていたが続けて鳴っている。う〜ん、少し迷ってから「もしもし?」
「あー、元○○さん(私の旧姓)ですか?久しぶり、※※です」
ひゃー、昔仕事をしたことのあるオジサマだぁ。
私が退職したことを人づてに聞き、再就職する気があるかどうか確認の電話だった。もちろんその気はあるが
・前職場との約束で1年間は同業他社に就職できないこと
・勤務場所から考えると、育児の都合上17時には退社しなくてはならないこと
・来春、夫の転勤の可能性が高いこと
を正直に伝えた。決して大きい会社ではなく、社長にも一応面識がある。オジサマはその社長に条件を伝えた上でまた連絡すると言って電話を切られた。
普通に考えて前述の条件をわかった上で採用はないよなぁ。あるいはバイトか・・。でもこうやって電話を頂けるだけでも感謝しよう。きっと何かに繋がっているのだろう。
こう書いて気づいた。私はどぅさんの転勤についていく覚悟をしており、現時点ではくぅを保育園の保育時間を超えて他の人の手に委ねる気はないんだ。仕事したいくせに、中途半端な心意気の奴め。
高校野球シーズンになると朝日放送では「甲子園への道」という番組が帯で放送され、何でも略する(?)TV業界では「への道」と呼ばれている。
1週間程前、履歴書と指定されていた作文をある会社に提出した。身分はアルバイト、1年契約、給料は安く今もらっている雇用保険料の方が多いのだけれど、新しい世界”への道”の第一歩としてはやってみる価値があると思ったので応募した。
どぅさんが転勤する可能性を考えれば1年契約のアルバイトという待遇はかえってあり難かったし、残業や土日出勤もありそうではあるが、家から20分という通勤距離も望ましかった。唯一気になるとすれば「応募資格:年齢30歳くらいまで」という但し書き。「30歳くらい」って充分35歳も含まれると思うのは私だけ?それとも相手からしたら望ましい人材じゃなかったのか今朝「貴意に添いがたい結果となりました」との郵便が届いた。書類選考で落ちて面接まで進めなかったな〜。新卒で就職活動したときには”バブル期・某私大・体育会”と3拍子揃い書類で落ちたことはなかったからなぁ。すぐに受かっちゃうぜ的気持ちでいたので少々凹みました。まぁ縁がなかったということで。
仕方がない。予定通り12月から職業訓練という名の専門学校に3ヶ月通うことに致しましょう。
手書きで請求書や納品書などを発行したり、ワープロや切り貼りで企画書を作ったりしていた。それがいつの間にかパソコンなしでは仕事が成り立たなくなっている。いつからだろう、こんなに字を書かなくなったのは。
小学校6年生の頃、書き写しの授業があった。見本の文章を丁寧に原稿用紙に写していく。子供の集中力や注意力は散漫なもので、自信たっぷりに教壇で待つ先生へ持っていっても間違いを指摘されては、やりなおし。40人のクラスの45分の授業が書き写しだけで終わってしまい「こんなに難しいとは意外」と子供心に深く残った。
まるでその頃に戻ったようだ。訳あって先日から書類を清書している。書類なので当然ボールペン書きで修正液などは許されない。「な〜んかい書き直しゃあ気が済むんだぁぁぁ」と厳しく自分に突っ込みたくなる。しかも長い文章を書き慣れていないので字が汚い・・いや、雑になる。書類を通して字の統一感がない。
はぁ、自己嫌悪。
皮膚科へ行ってきた。帯状疱疹と疑ったのは琵琶湖(恐らく大量発生している藻)にかぶれただけだったし、某スキーヤーを病原体と疑った足の爪の白濁は水虫ではなくマニキュアかぶれだった。疑ってごめんなさい。いずれも自然治癒するので投薬もなし。人にもうつさないということで一安心。
病院の待合室におかれていたこの本「13歳のハローワーク」。以前書店で手にしたときには失業状態なんて頭になく「ふーん、中学生のときにこんな指針があれば夢が具体性を持ち可能性を体感できるかもね」と軽〜く思った程度だった。で、失業中の35歳。真剣に読んでしまいました。さすがよく出来ています。
こんなに方向性を迷うということは、ある意味何でも出来ると自分を信じていることかもしれません。さぁさぁ、小さな一歩を進めましょう。
居心地の良い小さな居場所を確保していた。大きくはないけれど決して小さくもないその船から思いの外沢山の食料をもらって、小さな小さな一人乗りの葉っぱの船に乗り換えた。
退職を言い例えるならそんな感じ。退職から数か月経ち長年乗っていた船の影も見えなくなった。前も後ろも見渡すかぎりの海。一緒に下船した人たちの気配ももうない。太陽の位置から南北くらいはわかる。東西もわかる。わからないのは自分の意志。北北東だろうが南西だろうがどこへでも漕ぎだせるのに、どこへ向かっても正解も間違いもない。正解と評価と効率を求めていた今までの針路。今まで自分の中で絶対だった価値観が崩れる不安。
贅沢な悩みとわかっています。でも何事も方向性とスピードを失えば不安定になるってもんです。
こんな時どぅさんに相談しても答えはわかりきっている「こぅちゃんの好きにしな」。いつでもどんなことであっても彼に「それはちょっと・・・」と止められた記憶がない。私を野放しにしてくれるなんて…スゴイ。
先日見た「アイ・ロボット」でもロボット嫌いの主人公(ウィル・スミス演じるスプーナー刑事)がロボットに「自分で選ぶんだ」(セリフの詳細忘れました)と言っていた。それがロボットの人格を認めたことを表すセリフだった。そうね、選択は自立の第一歩。くぅですら最近は自分の洋服を選ぶ。
ふぅぅ。私の針はぐるぐる回って全く定まりやしない。
職安へ行ってきた。ほうほう、私達が毎月払っていた雇用保険料はこのように使われるのかと、不勉強な私が社会の一端を知った。以下記録まで。
退職をした数日後、会社から離職証明書なるものがとどく。まずは早々に他の必要書類や印鑑やらを持って出頭する。ここでは退職者としての諸々の登録(次ぎの職の希望とか適性なども)を行い、会社から送られてきた離職証明書の内容に同意するか否かの確認等が行われる。
雇用保険(いわゆる失業保険)をもらえるのは被保険者が「失業の状態」にあることが大前提。なので4週間に1度、失業の状態にあることを確認する「認定日」というのがあり、必ず出頭しなくてはならない。最初に離職証明書を持って出頭した日によって認定日が決まり、認定日の前までに説明会出席しなくてはならない。つまり、離職証明書提出→説明会→認定日(雇用保険受給中4週間に1度)と、出頭を繰り返す。説明会の日は振り替えがきくが、認定日は法律の定めた理由(婚・葬・病など)以外では振り替えが出来ず、出頭しないとその間の保険料は一定期間内で延期されてしまうらしい。う~ん、ちょっと面倒くさい。
昨日は説明会&最初の認定日だった。実はくぅの発熱やら何やらで、認定日までに受けなくてはならない説明会のチャンスを2度も逃し、昨日に重なってしまったのだ。説明会に集まった人数は100人程。毎週行われているらしい説明会にこれほどの人が来ているとは想像していなかった。男女比約5割。ざっと見たところ、中高年男性と女性(年齢層は幅広い)という印象だった。正月盆暮れを除いて1年に50週、1回当たり100人、50回説明会が行われて、5000人。まぁそんな簡単な計算ではないにしても、この某1職安でそれほどたくさんの人が退職後の説明を受けているとはね。
説明会ではまずビデオ鑑賞で、雇用保険の仕組みをお勉強。その後給付担当者からビデオで学習した内容を冊子に沿って復習、最後に職業相談担当者からの説明で所要時間は約2時間だった。ビデオでは「失業の状態」とは求職活動が必要で求人を検索した程度では求職活動にはならないと明言していたが、担当者の説明では「求人閲覧も求職活動の一環です」と言っていた。まぁ、現実はそんなところでしょ。ビデオでも担当者からも口酸っぱく言われたのは虚偽の申請をしないこと。パートやアルバイトでも、働いた分は保険料をもらえない。まぁ、当然ですね。
驚いたのは一定期間中であれば指定された職業訓練やセミナーを無料で受講できること。会社という組織から脱した今となっては、保護されている部分はなくなったと思い気や、ほんの数ヶ月とは言え無料で利用できるものがあるなんて。今まで支払ってきた雇用保険料ですから、ちょっとはこの制度利用してみようかな。
2時間の説明会を終え、パソコンでの求人閲覧をしてみた。ふーん、世の中仕事と金額を選ばなければ何かしら収入の道はあるってことなのね、ということを学習し職安を出た。敷地の外でスーツにお化粧をしっかりしたおば様が二人ウロウロしている。さっきの説明会にいた人かしらと訝しげにしていると、そそっと寄ってきた。
「お仕事見つかりました?」
「えっ?いえまだ」
「そうですよね~。今頃は若い方でもナカナカ良いお仕事はみつからな・・」(とってもフレンドリー)
「あ、あの、失礼ですがどちらさまですか?」
「あ、ごめんなさい。私※※生命の○○と申します。どうですか、あ・・・」(引続きとってもフレンドリー)
「結構です。ごめんなさい」
「あら、お勉強からでもご一緒に・・・」(まだまだずっとフレンドリー)
「本当に結構です。ごめんなさい」
びっくりした~。生保は全く考えていないので丁重にお断りしたが、何だかふふふと笑えてきた。説明会後の職安前で勧誘とは!いやはや皆さんたくましいですね。うんうん、その逞しさ見習わなくては。
少しUPが遅れたが、先週金曜日のこと。10数年前に担当をしていた某社の方々に送別ランチ会を催していただいた。機械の様に冷徹無比正確この上ない・・・すみません、とっても大袈裟です。しかし新人に毛の生えた程度の当時の私にはそう思えた某氏が言い出してくださったのだろうか、同期の仲の良い友人が幹事となり取り仕切ってくれた。夜に時間をとりづらい事を考慮し、お忙しい平日のランチタイムに懐かしい方々が集まってくださった。担当を離れてから8年くらいは経つというのに。どう選んでも言葉で伝えきれないほど感謝しています。
退職する旨を耳にされた某氏から頂いたメールに書かれていたメッセージが本当に嬉しかった。全ては載せないが、主旨としては、「今は思ってもみないような新しい仕事で再びご一緒する機会もあるだろうと期待する・・・」といったことが書かれていた。手に職のない子持ち35歳女性の将来の可能性を信じていてくれている言葉。彼と仕事をしていたときの自分を明瞭に思いだせない。自分の何が彼にそう言ってもらえているのか全く心当たりがない。けれどその言葉を有り難く頂戴し、自分の物としよう。またご一緒できるように。

ランチ後、仲の良い御仁にアポを入れていた。どうにもケンカ腰で話をしてしまうので「嫌いでしょ?」と周囲に誤解された事もあるが、当人同士はいたって仲良し。この御仁サラリーマン退職後フリーで働いていて、名刺を5枚も持って使い分けている。その働きぶりったら如何わしい事この上ない、なんて言っては失礼だろうか。
いつの頃からかこの御仁に「このカス!」とか「ほんまカスやな」などと罵倒にも聞こえる表現で愛着を持って呼ばれていた。わかりやすく言うと、時代劇でよく使われる「桔梗屋、お前も悪よのぉ~」的表現である。妙な仲間意識。カス論の定義は難しいが恐らく「会社員の規格から少しずれていて、組織の中から浮いている事を自覚しつつも、仕事はちゃんとやる。けれど、その実腐っている。腐っている事を周囲に気付かれるか否かは当人の性格による。」というところだろうか。御仁曰く「アホはカスにはなれない」そうで、私は「カスである事を上手く隠し続けていた」そうである。どうなんだろう(笑)。御仁の周りにはカスつながりの人脈があり、如何わしく働く基底をなしていた。
「ふーむ、そういう働き方もあるのか」と思いつつ御仁の卓上を物色してお暇した。目に留まり借りたのは「土壇場の経済学」青木雄二氏・宮崎学氏共著。自分では絶対に買わない本。送別会で頂いた革のブックカバーに収まる1冊目としてはギャップを感じずにはいられないが、早速使わせていただいた。でも、私ってカス?数年間言われ続けたがとっても無自覚。そういえば、仕事で知り合い、ウマが合い、仲良くなった人達はみんな会社を辞めていってるなぁ。ついでに私も辞めたなぁ。仲がよくて辞めそうで辞めていないのはどぅさんだけだなぁ。どぅさんが辞める日も近いのか?っていうか、やっぱりみんなカス繋がりなのか?
約10年前に仕事をしていたオジサマが某社大阪支社長になって帰ってきた。挨拶まわりの途中にわざわざ立ち寄って下さり、退職する旨を話すと9月から来ないかと誘ってくれた。勿論社員としてではないし愛想も多分に含んでいるだろうが、保育園の迎えに合わせて17時退社もかまわないと言ってくれる。後ろでは現場の方が困った笑顔を作っていた。確かにアノ仕事は17時に帰られては困るよなぁ。
嬉しかったのは再就職の口ではなく、会っても営業的メリットの全くなくなった私に、わざわざ会いに来てくださること。最近昔仲間のオジサマが10数年経ち、少しだけ出世して帰って来られるケースがある。何人かこうやって‥ある人などは私の後ろ姿を閉まるエレベーターの隙間に見つけ、次の停止階で降りて階段を使って追いかけてきてくれた。ストーカーみたいだ(笑)10年前…、無知と若さに由来する強さでいっぱいいっぱいまで仕事をして、時には色んな無礼も働いたなぁ。そして仕事先によく可愛がってもらった。退職前にそんな思い出に浸ってしまった。
話を戻そう。嬉しかったこと。こんなの見つけました「Colantotte」(コラントッテ)。

ファイテンユーザーの私としては友人の身につけていたコレをファイテンと信じて疑わなかったのたが。このネーミングのベタさ加減、関西だよなぁ。後でこのメーカーのHPを調べてみよう。
昨日の嬉しかったこと、トメ。会社の後輩から送別の品に頂きました、ブースカ人形!!

後ろのバーを動かすとラーメンを食す、小さいながら優れモノ。我が水上スキーチームのチーム名でもあります。彼女の机にあり以前からチェックしていたのだけれど、きっと私ったら物欲しそうだったんだろうなぁ。むちゃくちゃ嬉しかったです。ありがとう。大切にします。…ってことはくぅには見せられないなぁ。今日で会社のデスクや引き出しやロッカーからは私物を引き上げなくてはならない。ポケットとお財布を一つずつなくす感あり。
そして今朝。約束のコーヒーショップへ立ち寄ると、彼女が両手を思いっきり振りながら満面の笑みで出迎えてくれた。レジに立っていた違う店員さんも「今日で最後なんですね。お疲れ様でした」と声をかけてくれる。くだんの彼女は私のオーダーしたラテを持ってフロアに出てきてくれた。手にはもう一つ袋を持っていて「これ、プレゼントです」と渡してくれた中身はお店のマグカップだった。彼女のおこずかいで買ってくれたんだろう。「私、こぅといいます。お名前は?」名前も知らない間柄なのに。彼女は20歳だった。ありがとう、ありがとう。二度と会わないかもしれない相手に、心を開き思いやることの出来るあなたはきっと幸せに満ちた人生をおくる人だと思います。あなたの幸せを分けてくれてありがとう。
本日最後のサプライズ。上司から餞別に本を頂いた。復職直後に見かけたネスレのCMを気に入り、PCのスクリーンセーバーにしていたのを知って選んでくれたもの。全く予期せぬ贈り物は、思わずぴょんぴょん飛び跳ねるほど嬉しかった。本当に私は幸せものだと思う。本当に本当にありがとうございました。
最近のくぅはナカナカ手強い。しかもママ指名事項が多い。指名料を高くぼったくりたいくらいだ。いつもはくぅの感情につきあうのだが、最近の手強さには閉口することがしばしば。頭をめぐらせ、くぅが固執していることから興味関心を逸らそうにも、こちらの余裕がないとバリエが少なくすぐにお手上げとなる。
昨日の朝は一際手強く、いつもの時間に起きたにも関わらず、くぅに付き合っていたら30分も会社に遅刻してしまった。ならばと、今朝は強引路線で突き進んでみたが、なお一層の抵抗にあい結果は同じく30分遅れ。はぁ、もうへとへとだよ。明日は退職日。だけど日常に埋没して何の感慨もわいてこないや。来週もバイトで出社するしね。それより今晩からどぅさん兄家族が遊びに来る。明日は私は仕事&送別会で終日不在。くぅのイヤイヤ爆弾が爆発して迷惑をかけるのではないかと、心底心配です。頑張ってね、どぅさん!
どぅさんと付き合い始め、荒れた(?)生活から足を洗い、ある時気が付いた。「あ、ボトルを置いてる店が一軒もなくなった」。その頃は信じられないほど働いていて、毎日終電を逃し、後輩くんの車で送ってもらうかタクシーを利用していた。会社が契約しているタクシーは必ず数台ビル前で待機している。それでも深夜帰宅する時は念のため呼び出しの電話をすると「○○(会社名)の‥」「まいど!こぅさん!☆☆(自宅の地名)までですね!(ビルの)下で待機してます」と名乗る必要も、場所を告げる必要もなかった。たまに22時頃会社を出ると、ビルの守衛の方に「今日は早いですね」とニッコリされた。忙しいと時間をお金で買うようにバイク便も多用し、これまた会社名を名乗っただけで「まいど!こぅさん」と言われた。たーくさん仕事もしたけれど、たーくさん経費も使ってたなぁ。まだまだ景気の良かった時代。今こうして書き出してみると「それって、どーよ?」と思うけど、その時は大真面目だった。
今日は産休前一緒に仕事をしていた知人客人‥いや、もう友人と呼ぶべき某氏が出張の合間を縫い、訪ねてきてくれた。短い時間にお互いの近況を報告しあい、情報を交換(と言っても今の私には提供できる情報がないので有難く頂く一方)し、再会を約束した。
今後の私の身の振り方に話が及んだ際「わはは!こぅさんオモロイわぁ。こぅさんなら出来そうな気がする!やってそー!できるできる」と無責任に笑い飛ばし楽しんでくれた。あぁ、これだ。だから仕事の付き合いがなくても、彼とは繋がるんだ。出来ると言われ、出来る気になってきたぞ。きっと彼は子供の可能性を伸ばす良きパパでもあるのだろう。私の力の源はこういう人たち。凡庸な私を面白がってくれ、根拠なく信じてくれる人たち。一番傍にいて「できるよ。やってごらん」と言ってくれるどぅさんを筆頭にネ!
「すごくお久しぶりですね!最近朝のシフトから外れちゃって」
彼女は営業用とも本心とも判断のつきかねる笑顔でレジカウンターの中から話しかけてきた。復職後毎朝立ち寄るコーヒーショップでは店員がマニュアルらしからぬマニュアルに従い、フレンドリーに語り掛けてくる。久しく顔を見ない彼女は午後のシフトに入っていたようだ。
今日のように昼からも寄ってくださいと言う彼女に「今月いっぱいで会社を辞めるの。残念だけど」と告げると、驚いた様子で「次のお仕事もこの店の近くで見つけてください!」と言う。可能性と将来を信じきった若くて強い言葉だった。「家から遠いからね」と、後ろにレジ待ちの客が並んだところで話を打ち切り、コーヒーの受渡しカウンターへ移動した。持ち帰り用カップを受け取り出口へ向うと、さっきの彼女がフロアに出て待っていた。
「今月でおしまいなんですよね。いつまで出社されるんですか?最終日、朝のシフトに入ります。来てください!!」
まるで(通ったことはないが)女子校の後輩から愛の告白を受ける気分だ。「あ、ありがとう。あーはい。必ず寄ります。ありがとう」何だったんだ、今のは?と面食らいながら、さすがにそんなマニュアルはないだろうと笑えてきた。
ありがとう。マニュアルでも嘘でも愛想でも嬉しい気持ちの良い朝でした。
今月いっぱいで退社することは社内にはとっくに知れ渡り、忙しい最中、同僚始め皆が声をかけてくれる。仕事を一緒にした相手は必ずと言って良いほど「こぅさんは○○だった」と少し誇張された武勇伝を思い出し語ってくれる。懐かしい思い出話だ。どんなに大変だったことも時間が思い出に変える。でも彼らが語る過去形の姿は私を焦らせる。くぅと二人きりの煮詰まる週末を過ごした後は尚更。この不安定な精神状態の先に新しい今を生きる自分があるだろう。あがくしかないなぁ。
直球勝負の友人から電話があった。開口一番「わははははっ。いやぁ、ホンマ、びっくりやわ。でもあれでしょ?魚が陸に上がるよーなもんでしょ?」
大爆笑である。本当に仲の良い友人たちは皆同様の反応を示す。そうでない人たちは子育てに専念するものと思い「良い選択をした」と言う。
会社を辞めるに至った心理的経緯を書き留めようと思いながら日が経ってしまった。退職を選択する判断材料としては退職金の割増やどぅさんの転勤の可能性があるが、反対材料として私は働く事が好きでマスコミ漬けになっていて育休復職後の居心地も良かった。正直手放しがたい環境だった。入社以来関わったことのない部署に配属になり、単調な仕事ながらも目新しく覚えることは自分の糧となることが実感できていたし、あと2年は今の部署で働きたかった。
退職申し込み前夜ぐるぐると考えを巡らせながら、私は悲しくなっていた。「なぜ辞めなければいけないんだろう…」そう、悩みながらも心の中では答えが出ていた。それはまるで優しくて自分のことを大切にしてくれる、情のうつってしまった男に別れを告げる気分だった。「なぜこんなに居心地の良い人を手放さなくてはならないんだろう?もう二度とこんなに私を大切にしてくれる人はいないんじゃないか?私が間違っているんじゃないか?」って。
そんなに居心地が良いのに何故別れを決断するのか?
それは二人の関係に発展性がないからです。
会社に発展性がないと言っているのではない。まぁ、会社が厳しい状況にあるのは事実だけど、それとは別の次元の話。私は外から決定的に区切られないと、自分の中でメインとして長く続けていることをやめられない。大変な事でも、続ける方が楽ということもあるのだ。早期退職優遇制度に乗っかったとはいえ、自分から別れを告げて新しい環境に身を置く。別離によって全てを失うような恐怖心もある。「ダンナが働いてるからいいじゃない」と言われるが、自分の食い扶持を自分で稼がない状況が耐え難い。これは育った環境によるものだろう。・・長くなるのでこの話はまた今度。
それやこれや考えても別れようと思ったわけです。
ということで、バイバイ ダーリン。
パソコン上で管理されている会社の勤務表の「出勤」欄をクリックして気が付いた。あと10日だ。正確には今日を入れて11日。それまでとそれから‥、さて何をするか。
高校3年の大学受験を控えた頃、♪It's a final countdown 〜♪という曲が深夜の好きなラジオ番組からよく流れていた。あれは誰の何て曲だったんだろう。・・・そう言えば何かの映画で使われていたような・・・もしかして「ロッキー」!?(さぶっ)おかしいなぁ、私はそんなに熱血じゃないんだけど。
でも切迫感とともに勇気が湧いてくるようで、夜更けの受験勉強を思い出すとセットでそのフレーズが頭の中で繰り返される。リクエストに応じて選曲をする番組だったので、もしかしたら同世代の中には同じような記憶を持つ人がいるかもしれないな。
ふと机を見渡すと全くいつもと変わらない処理しなくてはならないルーティン業務が山積みされている。今週中には人事部と上司宛てに引継書を提出しなくてはならない。保育園にも”転職”という形で連絡をしなくてはならない。銀行にも職安にも行き、健康保険と年金の算段もしなくては。なるほど環境が変わるというのは忙しいものだ。そして生きるということはお金がかかることだと実感する今日このごろ。
退職説明会があり担当者から細かい説明を受ける。懇意にしている人が詳しく相談に乗ってくれる。あと10日で当たり前のように使用している会社の機器やサービスや肩書きや、コストを気にせず受けているレクチャーと縁を切る。サラリーマン生活に嫌気がさして辞める人は首輪や鎖が一つずつ外れるようで自由を感じるのだろう。私、私は一枚ずつ衣を剥いでいるようだ。
送別会と銘打った宴会。気心知れた古巣の仲間や同期は居心地が良い。久しぶりに飲みに行く機会が送別会とは感傷に浸りたくもなる。退職することにより手放すモノを考えてしまった。でもきっと今の私に必要な別れなのだ。

「社会との接点を持ち続けないとしんでしまうこぅさんが、待ち望んで復帰した職場だったのに、なんで?」
おぉ、相変わらず直球勝負の友人だなぁ。退職する旨をメールしたらこんなレスが返ってきた。ほんとほんと、彼の言うとおりだ。
何故か?
ここらで一旦、辞めるに至った自分の考えを整理してみよう。・・・と言いながら仕事中にそんなややこしい日記を書けるわけもなく、今晩は古巣の仲間が送別会を催してくれ、明日からは東京の学生が来て、さらには某H嬢の退院と、相変わらずイベント満載。ゆっくりパソコンに向かえるのはいつになることやら。
世の働く既婚女性は、夫が頂いた中元歳暮のお礼状を書いているのだろうか?結婚当初そういう事に無頓着などぅさんに代わって何度か書いたりもしたが、「私」の書く「私」の存在しないそのハガキに嫌気がさし「あなた宛に頂いたものだから自分で書いて」と投げてしまった。
手紙の書き方本によると妻が代筆した場合「○○○(夫の名前)、内」とか書くらしい。「内」ってなによ!「内」って。日本の文化の中で培われ継承されてきた奥床しさや表現は決して嫌いではないが、些細なことながらコレは私には合わなかった。それでも時折代筆する場合には、自分なりにせめて許せる表記として「○○○(夫の名前)、代、こぅ」と書く。本来は私のことを知っている相手に対しての表記方法なのかもしれないが敢えてこだわって。
もうじき職を失う(あ、結局辞める事にしました)と、お礼状書きはまた私の担当になるかと思い、久しぶりにどぅさん宛の頂きものへのお礼状を自主的に書いてみた。適当な切手が見つからず郵便局へ買いに行く。以前ならば私のカバンには切手とポストカードと気に入った書きやすいペンと親しい人の住所録が常に入っていて、空いた時間にこまめに書いていたのだが、今ではすっかり携帯メールやHPの更新にその時間を費やしている。
8月からは気ばかり焦る空白の時間が待っている。保育園を継続するには3ヶ月後にはまた何かしらの職に就いていないといけない。3ヶ月の空白。趣味ではないのだが郵便局のカウンターにあった切手を思わず購入。まずはくぅのお友達キティラー某2歳児に暑中見舞いでも出してみようか。

某広告賞エントリー作業のため残業体制(どぅさん午後休)をとっていたが、思いもよらず早く終わりそうなことが発覚。私のデスクにふらりと油を売りに来た先輩(私は”姉さん”と呼んでいる。かくいう私も同じ部署の後輩からは”アネ”と呼ばれていた。なんてfamily-likeな職場)に「今日飲みに行けるかも」とつぶやくと
「え!?何時?どこ?」
「うーん、19時半、梅田」
「わかった」
と立ち去った。と、もう1人の”姉さん”からメールが来る。そこには店の名前と住所・電話番号・URL・アクセスが書かれ既に予約がなされていた。「滅多に行けないこぅが、しかもこのタイミング(どのタイミングかはまた後日ご説明)で飲みに行けるとは!逃してなるものか!!」という意気込みすら感じる。
はやい・・・。元来広告屋なんてイロンナことの手配を常日頃からしているから店の予約なんて早くて当たり前なんだけど、でも早い。連絡事項に抜かりがない。で、結局仲の良い女性5人が集まって焼き鳥を食べに行く。忙しい2人と子持ちの3人が急に会せるのはナカナカ奇跡に近い。
店でも姉さん達が世話を焼いてくれる。あぁ楽チン楽チン。5人中3人長女。3人目の”姉さん”は私が妊娠中、残業ばかりしてロクなものを食べていないと知り、1人暮らしで余ったから・・・と言っては手作りのお惣菜をタッパーに入れて会社へ持ってきてくれていた。何て幸せものなんだ、私は。
2軒目はホテルでお茶をしたのだが、”姉さん”はフルーツティーについて来たクッキーを人数分に割って分けてくれた。それに「わーい」と素直にすぐに手を出したのはもう一人の末っ子。私はその時既に自分のミルクティーに付いていたクッキーを1人で食べ終えてた。末子の友人とは”共犯者”チックに仲良くなる。お気楽だったり、ご都合主義だったり、ワザと人の懐に踏み込んだりするのが似ていてよくわかる。よくわかるから仲良くなる。1対1で深く仲良くなるのはこのタイプが多かったりする。(勿論例外のないルールはない!ですよ。あくまでのほんの経験値)
一事が万事である。前々から思っていたが、私は気づくと長女が多いグループに居て、ほわほわとそこでお気楽に過ごしている。何を言っても何をやっても「しゃーないな」と許される環境に身を置く。末っ子気質で確信犯的に”いらんこと”を言ったりする。社会人になってから知り合ったもう一つの友人グループがあり、私を入れて7人なのだが、見事に私意外全員長女。お気楽なことこの上ない。まぁ長女気質らしく、時には説教されたりする事もあるが全てありがたく頂く。いやぁ、いつもみんなありがとう!
驚いたことに今回の措置は「こぅにはオイシイ」と会社の同僚たちに受けとめられていた。現に皆「お前いいよなぁ、絶対辞めるだろ!」と口を揃えて言う。客観的に計算するとそうなるらしい。あ〜そう言われると天の邪鬼だったりするのよ、私。会社の友人も読んでいるこの日記、このネタはこれにてオシマイ。結果はほとぼりのさめた頃にご報告します。
携帯からばかり更新していたら「最近の日記浅いよね」とどぅさんに指摘された。おっしゃるとおりです。感情を垂れ流ししてごめんなさい。
金曜日はくぅの個人面談だった。担任の先生からのお話のポイントはひとつ、週末の過ごし方。休み明けはかなり疲れていて機嫌も悪く、お友達を噛んだり叩いたりするらしい。まぁ想いを上手く伝えられない、人と同じ事をしたい時期だけに皆することではあるが、くぅの場合は休み明けに集中するらしい。「何と言っても赤ちゃんに毛が生えた程度の1歳児ですから‥」と、やんわりと注意される。これでも極力日陰で過ごしたり、気温にあわせこまめに着替えたり、水分補給したりと気を配っているし、屋外で過ごすのは半日に止めているのだが‥。
確かに、滑ると大人でも水曜くらいまでは疲れが残る。正直、月火は仕事にならない。この泥のような疲れにシーズンを実感する。そして同じく眠そうなくぅを見て「会社辞めようかなぁ」などと心が揺れるのである。夏は毎週末がイベントの様で本当に楽しい。単調な冬だったらそうは思わないはず。今日は月曜で疲れている。週末にはそう思わないはず(現に辞めないとどぅさんに宣言した)。私は課題を自分で見つけて楽しむことができないタイプ。でも自分の可能性を信じて辞めてみるか。
う〜人は一度手に入れたものを手放すのが何と難しいことか…。
全くネット出来ず、結論を書き込めないまま事態は進んでいく。
35歳以上を対象として希望退職特別優遇措置が実施される。「リストラしたいの。退職金いっぱいあげるけど、どぉ?こんなに退職金割り増しするの今だけよ〜ん」ということ。私は今回初めて対象者となり、会社からお手紙を頂いた。自己都合で退職する場合の約10倍の退職金が提示されている。対象年齢の社員全てにアナウンスがあり、先着定員になり次第申し込みが締め切られる。
全く辞める気にはならなかったんだけど、どぅさんには強く勧められた。何故ならどぅさんは来年には間違いなく転勤するだろう。単身赴任をしたところで、限界が来れば私が会社を辞めるという選択が近々起きる可能性が高い。なら、今たくさんもらえるときに辞めて、次の仕事を考えれば?というのだ。
とっても前向きに考える彼。・・・どうなの?どうしよ。
今年から自己申告書は上司を通さず人事部へ直接提出することになり、提出後の面談も人事部と行うことになった。応接で待っていたのは人事部長。復帰して1年にも満たない私に異動希望があるわけないのだが、現職の継続を希望していることが彼には気になったらしい。
「人事部ではなく会社の先輩としてのコメント」と断って、「現職は一時的な避難場所と捉え、早く妊娠前のような現場での活躍を期待する」といった旨の事を熱く語られた。残業するのが頑張ってる事なのか?など些末な突っ込みドコロ満載のトークだったが、さておき彼が伝えようとした真意だけを汲み取り考える。言わんとすることはよくわかる。「育児による一時的な仕事の制限の為にモチベーションを落とすことなく働く」。うん、まぁ、そうやって働き続ける先に、育児と仕事をすることが特別な事じゃない社会があるのだろう。
今の上長は、戦うには平坦業務が重要と考え、折にふれ単調になりがちなこの業務の重要性を匂わす。そういう点においては人事部長と意見の別れるところだろう。復職してもうすぐ1年。さて私はどうするかなぁ。
会社で行われる健康診断に、数年前からストレス診断が加わった。時代だよなぁ…と思っていたら、今年は新たに「周囲の人の記入表」なる用紙が増えている。「はい」「いいえ」「どちらとも言えない」の3択で「はい」が多いとストレスを強く感じていると診断結果がでると簡単に推測できる安易な質問。私が最も信頼し甘え、心を開いているどぅさんに当然お願いした。
「“身だしなみをかまわなくなり化粧っ気がなくなった”かぁ…前からだな、はははっ」と小ネタをかましながら書いてくれた表には3つだけ「どちらとも言えない」に丸があった。
「何となく元気が無い、疲れている感じ」
「怒りっぽくなっている」
「あせったり、イライラしがち」
あー、はい。その通りです。すんまへん。
仕事のストレス性の症状ではない事を加味して「どちらでもない」に丸したのだろうけれど、疲れていて、怒りっぽくって、イライラしがちな毎日の感情をどぅさんには素直(?)にぶつけています。ごめんなさい。
ちなみに、その他の項目は「いいえ」でした。どぅさんから見た私のストレスは皆無?
人間バイオリズムがあるというが、今週は眠くてやる気が出なくて効率ダウン。その上くぅの発熱のため1日半休み、来週月曜は法事帰省のため休む。こなせる仕事量のはずなのに山積みのまま会社を飛び出した。いかんなぁ、こういう時にミスを犯すのは経験済み。反省反省。しかし仕事だけではなく、遊びも、観たい映画も、読みたい本も、やりたいことは山積み。たくさんありすぎて優先順位がうまくつけれないや。
発熱のため保育園から呼び出しがあり、今からお迎え。昨夜延々眠らず、遊ぶ→愚図る→遊ぶ→愚図るの繰り返しだったので、まさかとは思っていたのだが…。今週末は法事のため東京に帰省&月曜休み。皆が楽しみに待っていてくれるので何とか治って欲しい。目前で有給を使うことが見えているのに、さらに休みや早退を申告するのは、いかに理解ある上司と言えど(そういう上司だから尚更?)気が引けるもんです。
会社内の別室に籠もって一人で仕事をしていた。月曜の会議準備なんだけど、今日中には終わりそうにない。部屋に掛けてある時計を睨みながら、会議前の早朝にまわす仕事と今日仕上げる必要のある仕事とに振り分けて、ギリギリまで粘る。タイムリミットジャストにデスクに戻ると…、退社時間を過ぎていた!別室の時計は遅れていたらしい。息があがり、すぐには汗が引かない程の勢いで走ってやっと電車に間に合った。やれやれ参った。
今日はくぅを耳鼻科へ連れていこう。もう一汗だなぁ。
私の勤める会社には自己申告システムがある。今年書こうとして手が止まった二点。
配置の検討に当って考慮してほしい身辺上の理由の選択肢に「共稼ぎ」というのがあった。結婚しても働き続けている女性側からすると夫も自分も働いている状態は当たり前のことだが、男性側からすると「共稼ぎ」と特筆すべき状態なんだ。まして「子女の養育」や「介護」を合わせて行っているとなると尚更。そういえばどぅさんの会社の家族旅行に参加した女性の中で働いているのは私だけだった。子供が発熱した為に会社を休む彼は、とても少数派なのだろう。まぁ、新婚旅行に2週間行ったり、試合と言っては休みまくり、台風が来たといっては浮かしているジャンプ台が危険だからと早退するヒトだから、そういうキャラと認識されていることだろう(笑)
もう一つはフリーアンサー。「自身のキャリアプランについて考えていることを具体的に」書けときた。答え「考えてない」とは書けないから前向きに作文して書く。正確に言えば考えないわけではない。見えないのだ、先が。仕事に限って言えば現状をよしとはしていないが、色んなことを天秤にかけて選択したこと。この先に展望があるのかと問うと極めて疑問。でも冷静に考えると何を選択していても私は同じ心境に至っただろう。働く、働かない、結婚する、離婚する、独身でいる、子供を持つ、持たない。みなそれぞれの状況で何がしかを考えている。そういうお年頃・・・なのかな。
40代は不惑と言う。5年後私は迷っていないだろうか。私は諦めていないだろうか。私は・・・。
昨夜遅くまでネットし、久しぶりに長い日記を書き、床についた途端激しい夜泣に起こされ完全に寝不足。参りました。そんな中、実家の母から手作りのお惣菜が宅急便で届く。高菜の煮物、サヨリのフライ(下ごしらえしたもの)、つくしの佃煮、シーフードカレーなどなど。

母の手料理がクール宅急便で届くことによく驚かれる。スポーツと受験勉強だけしていて家事らしきものは何も出来ない18歳の頃から一人暮らしを始め、料理好きの愛情深き母を持つ私には、何の疑問も無く10年以上過ぎてきたことなんだけれど。まぁ、過保護と言えばそれまでですな。しかしながらこうやって自分が家庭を持ち落ち着いた生活を始めると、今までの生活の自堕落さ加減に我ながら呆れ、遠く離れたところにいる大切な相手を思うときに何よりも食事と身体を心配する気持ちがよくわかる。遠くに住む兄や友人達を心配する時に彼等の幸せと健康を願い、その基となる食事・栄養バランスに思いを馳せる。それ以外に心配する彼等の近況を知らないせいもあるが、しっかり食べて健康に生きてさえいれば他の事は何とかなる。まずは食事と健康なのだ。久しぶりに電話で話す、不安定な生活をしている友人に「ちゃんと食べてる?」と聞く。一人暮らしをしているどぅさんの友人が来るとなれば「何が食べたい?何が好きなの?」と聞く私。母と一緒だなぁ。
話は全く違うけど過保護繋がりで。
今の仕事はクリエイターのバックヤードの雑用係であり、よく言えばコンシェルジュ的であり、成果の見えない何でも屋である。メディアの仕事を長くやってきて、クリエイターの文化は当然ながら私の中には無く、よそ者であり居心地が悪い事もあれば役に立つ事もあり、客観的に観察したりもしている。本当に色んなクレームやらリクエストやらが来て、それぞれに対応していくのだけれど、「それは甘えで、そこまでの対応は過保護だろう」と思うこともしばしば。あー、愚痴です愚痴。愚痴だなぁ。いかんいかん。文化の違いは戦争まで引き起こすからなぁ。気をつけよう。違うことを認めよう。・・・と自分に言い聞かす。
くぅの発熱は続き、どぅさんと半休を交互に取得。通勤に時間を要し出社は15時。23時まで実働8時間。最後はメールを家に転送しまくり、書類を掻き集めて帰る。これで明日くぅの昼寝の間だけは家で仕事ができるだろう

ここ数日、電車中携帯から日記更新している。朝の通勤電車は読書と微睡みの時間、帰宅時が日記更新というわけ。しかしこの時間はめくるめく仕事と怒濤の育児家事タイムの端境。我に返り疲れを実感する時間なのです。‘疲れ’以外にネタが出てこない。いかん、いかんぞー。どぅさんの帰宅が毎晩遅く、キャパの無くなった状態の私一人でくぅと向き合うとロクなことはない。今朝も不必要に泣かしてしまい、反省する余裕もない。車窓から見えるレンゲ畑でも見て、心を落ち着けるとしよう。
どぅさんは平日残業、私は早朝出勤や休日出勤していて何だかすれ違い夫婦なここ最近。表題は朝の希少な時間にどぅさんに問われた言葉。う〜ん、抱えているのがストレスフルな交渉業務じゃないからマシなんだけど、量的には山を越え頂から降りようと一歩踏み出したところかなぁ。はい、まだまだって事です。
疲れたぁ、参ったぁ、日記をUPする余力もない。晩ご飯の準備なんて、洗濯物なんて、お風呂洗いなんて〜〜〜!テクマクマヤコン テクマクマヤコン 消えてなくなれぇぇぇぇ〜!!
はい、今日も出社しています。但しタイムリミットは12時半まで。13時前に新大阪駅に着く予定の福岡在住のW.SKIERをピックし、どぅさん&くぅと合流して池へ向う。こんなにお天気が良いのにビルに籠もって仕事なんてしてられない!よぅし、終わらせるぞ〜!でも昨夜持ち帰った仕事を夜中までやってたの…(←ボヤキです。聞き流してください。たまにはボヤキたくもなるってもんです)眠いわぁ。でも、でもね、私ったら凄いスピードで仕事してるのよ。スゴイ勢いで。私ったらエライわ、頑張り屋さんだわ、素晴らしいわぁ〜!さ、テンション上げてやっつけよ、と(笑)
連日多忙で壊れかけてくると「私ってスゴイわ!エライわ!優秀〜ブラボ〜マーベラス!」と自画自賛して耐える癖がある。それを通り越すとコピーやFAXという一瞬頭が白くなる時に表題の赤胴鈴の助の数小節が“こぅの助”と名を変えて延々リピートする。その歌も出ないくらい集中して働いても山を越えない。今日後5時間残業できれば一歩進めるのにと思いつつ駅に着くと電車が遅れていて、やむなく特急電車に飛び乗る。間に合うかな?今日は夕食の準備も洗濯も程々にして新学期を迎えたくぅとゆっくり過ごそう。今週末も出社になるかも。…どぅさんホントごめん
時短を解消し、毎朝お弁当を作り、やっと週末を迎えたけれど、大量の仕事に終わるメドがたたない。2週間後には終了しているイベントの準備と運営なので目処が立たないという表現はおかしいかもしれないな。残業ができない今の状況では確実に終わらない。で、今日はどぅさんにお迎えを頼み久しぶりに22時まで残業。明日は2年半ぶりのゴルフコンペ。明後日は休日出勤。月曜からはまた怒濤の日々と息つく暇がない。友人の日記にも書いてあったけどまさに《限界への挑戦》だな。…でもまぁ昔はこんな働き方だったな。そこへ戻っていくだけか。
今日から時短を解消し、30分前倒勤務にした。電車が遅れると保育園の迎えも間に合わないギリギリの設定なので勿論残業は出来ない。朝は6時起床7時20分出発。
年度がわりで3/31・4/1.2と本来園はお休みのところ、数年前から止むを得ない場合のみお弁当持参で預かってくれる。くぅと、ついでに私のお弁当を作り7時半に登園すると一番乗りだった。昨日はお部屋で合同保育だったのに、今日は職員室で保育らしい。…ということは100数十人いる子供の中で今日預けるのは10人に満たないということ!?電車に乗り遅れない時間まで粘ったが誰も登園してこなかった。先生と二人っきりのくぅ。お弁当の袋を握り締め私から離れようとしない。最後には保育園に通い始めた頃のように両手をいっぱいに伸ばして抱っこを求め泣きだしてしまった。心が痛み、電車の中でそろそろお友達が登園してくれたかなと思いを馳せる。
しかし朝の1時間20分でお弁当を作り、自分とくぅの支度をし、朝食を食べて出掛けるのは何と気忙しいことか。そう。この文に抜け落ちている朝食の準備と片付けとくぅの食事の世話とゴミ出しはどぅさんがしてくれた。ありがとう。これからもよろしくね。1ヵ月後にはこのタイムスケジュールがルーティンになっているでしょう、きっと。
通勤のお供に7冊。ハードカバー3冊に、英文の薄〜い本4冊。常に財布が入る程度の小さな鞄しか持ち歩かないから、仕方なく紙の手提げに突っ込んでいる。充実した通勤時間を快適に送るために、軽くて丈夫な鞄を買おうかな


今日は中之島で講演を聞く。大阪で長く仕事をしているけれど、このあたりをそぞろ歩くのは始めてだった。暖かく明るく本当に気持ちがいい。受講を終えて中之島公会堂を携帯で撮ろうと目星をつけた撮影場所に向かうと前を歩いていた女性が突然立ち止まって同じポイントでパシャリ。何だか真似をしたようで気がひけるけど私もパシャリ。このWEBの大海のどこかで彼女も同じような写真をUPしているのだろうか。
時短で16時半に会社を飛び出す。抱えている仕事をこなすためにネットする間もない。まぁ、仕事中だから当たり前なんだけど。ここ最近の働きっぷりはまるで胃袋を広げる作業のようだ。限られた袋(時間)に入りきらない食料(仕事)を詰め込み、少しずつ胃袋を大きくし消化能力を高める。食べきれなくなると薬(休日出勤)に頼る。末は過食症か大食漢か。無理矢理消化しようとするとミスるんだよなぁ、ケアレスミス。またそのフォローに時間を浪費する嫌なパターン。とほほ…。4月からは時短をやめて勤務時間を30分前倒し&30分延長する。生活の「のりしろ」という表現を友人がしていたが、その「のりしろ」が減る。どうなることやら。
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