読書シュウカン

シュウカンは週間であり習慣でもあり。

以前旧友から薦められて知った作家「梨木香歩」。図書館に在庫している3冊を借り、年末年始は梨木香歩シュウカンに。

080108rika 「りかさん」

児童書。リカちゃん人形が欲しいと言ったのに、祖母から届いたのは市松人形。古い人形を通して心や魂や業や未来を考えることのできる一冊。

080108haru 「春になったら苺を摘みに

著者が学生時代を過ごしたイギリス。下宿の女主人:ウエスト夫人もまた児童文学作家であり、向日性のひと。夫人の「理解はできないが受け容れる」暮らしぶりと、著者を含む住人達との大切な日々を掬い上げたエッセイ。

080108ie 「家守綺譚」

これは、つい100年ほど前の琵琶湖畔に住む「学士綿貫征四郎の著述せしもの」として書かれた小説。諸事情から亡き友人の古家を守り住むことになった著者が庭の草木や河童や狸や和尚と繰りなす日々の記録。
確か梨木氏は琵琶湖畔に家だか縁があったはず。そう思って読むと、100年前の綿貫氏の視線の後ろに存在する梨木氏を感じる。私も以前は琵琶湖の南西に居たけれど、いつの日か北の方に居を構えるのも悪くないと思えてくる。住んでいた頃には知らなかった風土を感じ、妙に肩入れしたくなる綺譚。

梨木香歩シュウカンのきっかけはこれ↓。

080108guru 「ぐるりのこと」

昨夏友人に薦められた一冊。借りた本は昨夏とっくに返却したのだけれど、自分でも購入して、いま改めて読んでいる。消化できたらまた改めてこの本については何か書くつもり。

080108nishi 「西の魔女が死んだ」

「ぐるりのこと」の後、図書館にたまたまあったこの本を読んだ。不登校やいじめや再生が切り口になってはいるけれど、それはお話の構成上存在するだけで、子供達への、そして大人達にも大切なメッセージが随所に盛り込まれた一冊。

私はコレをくぅの従姉の凛ちゃんへのクリスマスプレゼントに選びました。小学校4年生にはちょっと難しいかもしれないけれど、今は読めないかもしれないけれど、本棚の隅に居て、いつか忘れた頃に凛ちゃんの心に届く日がくると良いな。・・・どうして人様の子供のことはこうして気長に待てるのに、私ときたら自分の子供のことはついついせっかちですぐに結論を求めたがるのだろう・・・ブツブツ(以下愚痴省略)

あと4冊。

「走ることについて語るときに僕の語ること」

「国境の南、太陽の西」 (村上春樹)

「ほつれとむすぼれ」 (田口ランディ)

「そういうふうにできている」 (さくらももこ)

ふぅぅぅ~。よく読んだ。

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人間の土地

チームメイトの結婚式で久々に東京に行ってきた。多分・・・1年ぶりくらい。

いつもと違うのは、どぅさん東京出張中のため、私一人で運転してくぅを連れて車での旅路ってこと。朝10時半に名古屋を出発し順調に海老名SAまで到着するものの、ソコから先がひどい渋滞。ナビの到着予定時刻も目をやるたびに延びていく。たまらず池尻(渋谷の手前)で首都高速を降りるも、下道とて同じ状況。結局約350kmの道のりに8時間かかった。

今回はどぅさんの出張が重なっていたため、交通費の節約を目論んで車帰省したけれど、いつも車帰省するのは年末年始。地方人が帰省して人口が激減するお正月の東京は、他の都市とかわらぬストレスで街中を走れる。だから、ついつい、そんなつもりでいたけれど・・・舐めてたぜ。日常の東京って、こんなに混むのネ。

久々に帰ったどぅさんの実家で、何となくいつものように不動産物件の新聞チラシに手が伸びる。・・・何なんだこの不当な高額は。経済活動が背景にあり土地の価格が決められるコトは大人としては理解しているけれど、この土地が、この地面が、そんなに価値のあるものなのか、人として理解に苦しむ。

「みんな同じお家(ビル)に見えて、どれがおばあちゃん家かわからないよぉ~」

くぅ、君の言うとおりだよ。

自分で運転していたせいか、土地の価格を改めて知ったからか、そしていつの日かどぅさんの東京転勤があると危惧しているせいか、とてもとても東京で住まう場所を見つけられそうにない息苦しさを感じた。個がすごく小さくなるかんじ。

帰省の最終日。お墓参りの為に御殿場で高速を降りてやっと一息をつく。緑が濃くて馴染み深い。数回しか訪れたことがない場所なのに、懐かしくてホッとする。自分が持っている生きる場所のイメージにそぐわしいと思える。

070926ningen そんな気持ちをどぅさんと共有しながら帰宅し、ずぅ~っと長い間読みかけていた「人間の土地」(サン=テグジュペリ・・・「星の王子さま」著者)を読了。義兄にすすめられたけれど独特な文体に手を焼いていて、随分時間がかかってしまった。著者の言わんとする所をたくさん取りこぼしていることを恥ながら、”あとがき”まで辿りつく。

すると”あとがき”の後に宮崎駿氏寄稿の「空のいけにえ」という数ページが載っていた。

風景は、人が見れば見るほど磨耗する。

あぁ、そうだ。これだ。私が東京で感じた疲労感。

ひとつの家庭、ひとつの家族、一軒の家、ショップ、美術館・・・断片をとれば実態も実感もあり素晴らしいものなのに、東京というあらゆるものが群がった集団になると磨耗して薄ボンヤリして個が消える。そしてそれを補うかのようにランドマークを建て、夜を光で埋めて、隙間の空かないよう新しい情報を送り続ける。

困ったな。本当に東京転勤になったらドコ住もう。

丘の上にある我家からは、毎夕美しい西の空が望める。美しいけれど、そこには何本もの飛行機雲が糸を引き、西日に煌く機影を見つけることもできる。この空だって、人間の手が加わった景色なのだ。

サン=テグジュペリが危険な郵便飛行に挑み続けたのは、まだ磨り減っていない空だった。

※太字=引用

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最近の傾向

このブログの右サイドにまとめてある既読本リスト。ぜーんぜん更新してません。

まとめてUPしましょう。
最近読んだ本はこちらです。

shohi 「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」

田口ランディの1999年の著書。
好きな作家の一人です。
しばらく離れていたのですが、久しぶりにこの人の本を読んでみました。
やはり、好きなものは好きですね。
理屈ぬきで反応します。

nami 「波のうえの魔術師」

石田衣良の著書は初めて読みました。
TVドラマ化された「ウエストゲートパーク」も見ていません。
先入観なく読みましたが、楽しめましたよ。

そして最近見たレンタルDVD。
どぅさんが借りてきました。

ten

「天使のくれた時間」

ニコラス・ケイジの顔は苦手ですが、この季節に見るには良い映画ですね。

ここ1週間くらいで、いずれの作品も、もう一つのブログの方に詳しくUPしています。

宜しければコチラをどうぞ。
手抜きですんません。

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ランドク

まさに読書の秋です。

gold 今更ながら・・・。
「ゴールドラッシュ」

柳美里さんの著書を初めて読みました。
いつもいつも書店では購入を躊躇って、「気にはなるけど読まない作家」の一人でした。内容も知らず図書館で見かけて借りたのがこの本です。

inochi 同じ日に借りたもう一冊がこれ。

「いのちの対話」

元上司の影響で読み始めた河合隼雄さんの本。
いわゆるエライ人になると難しいことを難しく、易しいことも難しく・・・という人が多いけれど、この人の本は読みやす・・・く書かれたものも多いので助かります(笑)

syouhi うずたかく積まれた購入後未読の本の山。その中から何となく手にしたコレ。

「もう消費すら快楽じゃない彼女へ」

久しぶりに読んだけど、好きだなぁ、田口ランディ。いきなり親しみを持って敬称略(笑)

3冊目に偶然コレを読むことによって、3冊の本は私の中で繋がりました。

てんでバラバラの3冊が何故、どう繋がったのか・・・。

まーったく詳しくは書いてないけれど、読書感想文はこちらにUPしました。

で、どう繋がったのか。ホントのところは、ゆっくり飲みながらお話したいわぁ。

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図書館からの贈り物

最寄の図書館。よく言えばこじんまりとしているのだけれど、私的にはイマイチ蔵書が魅力的じゃない。「これも読んでみたい、あれも読んでみたい・・」と、心が震えないのです。

けれど子供(幼児)用の書籍は充実している様子。。。

というのも、かなり広いスペースが子供向けのコーナーとして割かれています。そのコーナーの入り口にある紙芝居。最近のくぅはこの紙芝居に夢中。

借りる本(紙芝居も)は、余程文字ばかりの対象年齢外の本でないかぎり自分で選ばせています。すると、この紙芝居の前から一歩も動かないんですね~。よって、広い子供コーナーには未だかつて足を踏み入れたコトがありません(笑)

先々週はこの紙芝居に気付かず、少しお姉さんが対象のコーナーで抱きしめて離さなかったのがこの3冊。

「満月の夜の伝説」

これはハッキリ言って大人のための絵本です。話も深いし、表現も難しく、文章も長い。恥ずかしながらワタクシ、読めない漢字がありました。
そのまま読んだところで3歳になったばかりのくぅは理解できないし、途中で飽きてしまう。そこで・・・。「隠者」は「おじいちゃん」に。「盗賊」は「どろぼうさん」に。「瞑想や悟り」は「考えたり勉強したり」に。端折って端折って端折って読んだのですが、くぅは何よりも[ ビネッテ・シュレーダー ]の絵に反応しました。
繊細なタッチで描かれたその絵は、けれどどこか違和感があり、心がざわわとします。赤毛の盗賊が赤いドレスの女性を連れ去ろうとする絵に、くぅはひと際惹かれていました。amazonに画像がないのが残念です。

「いつもだれかが・・・」itsumo

知りませんでしたが、ヨーロッパでベストセラーになった本だそうです。
人生の終わりを迎えようとしている祖父が、自分の人生を幸せにふり返り孫に語る。単純なストーリーですが、背景にはナチスの話があったりと奥深い。本は終始、知覚できない「見守る存在」を描いています。人生の偶然を感謝したくなる、素直に心に沁みる本でした。

「いのり 聖なる場所」inori

同じコーナーから選んだ3冊。宗教的観念的な絵本ばかりでした。
3冊目はこれ。地球の此処彼処にある”祈りを捧げる聖なる場所”。それは民族や宗教に関わらず”聖なる場所”として紹介されています。

自分と異なる他者のことを知るきっかけにする良い機会になるかも・・とも、思いましたが、2週間で3冊は多すぎです(笑)結局は「満月の夜の伝説」だけに執心したくぅでした。

ちなみに今借りているのは、紙芝居「きつねのつかい」

さすがにamazonでも紙芝居は取り扱っていないようですね。

そうそう。
今朝突然くぅが発熱38度。
残念ながら今週末関西合宿はあきらめます。。。
滑りたいのになぁ。。。仕方がないなぁ。。。

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練習がない秋晴れの日には

少々の雨でも、寒さに凍えながら、小雨になるタイミングを見計らって練習する水上スキーだけれど、風だけは如何ともしがたい。山スキーで言うところのコブ・・・かな?ラフな水面になってしまっては練習にならないのです。

「強風のため今日は中止」

本当に水上スキーに明け暮れていると、他にどうやって週末を過ごしたら良いものやら途方にくれてしまいます。

2人だけの時は迷わず映画だったけど、子供がいると、まずはそっち優先・・・だよね?

本日の行動。

最寄の大きな公園に初めて行ってみました。
広い芝生のスペースや、大人心もくすぐるような巨大な遊具の数々。結構楽しめます。

bura1bura2

タイヤのブランコは四方八方にクルクル回り、目もクルクル回る・・・と思いきや、子供って平気なんですね~。しつこく乗っていました。上左写真のブレっぷりからスピードを想像していただければ。。。

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クルクル攻撃には強いくぅも、虫は苦手です。
「カマキリ取って~」
と言うものの、近づけるとビビリまくって泣きが入っていました。

午後は巨大ショッピングモールへ。

我家の定番、筋肉のミルク「BCAA」を購入。
脳のミルク「書籍&絵本」を購入。

だけのはずが・・・
glass オークリーのサングラス発見。

今もオークリーですが、購入し既に4~5年、激しい使いっぷりにキズだらけ。散々迷った末に、ワタシは再びオークリー、どぅさんはアディダスのサングラスを購入いたしました。

いいよね、いいよね、今の子(サングラス)長く使ったもん。。。ね。

しかし、水上スキーもお金かかるけど、滑っていないともっとお金かかる・・・・・いや、ちょっと待て。よく考えてみよう。

BCAAもサングラスも水上スキー必需品。
はぁぁ、そっかー。そうだよなぁ。我家の家計は、食費と水上スキー経費だけで、他に出費項目作る余裕はありまへんなぁ。ベネトンのセーター可愛かったんだけどなぁ。。。

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秋ねぇ

秋晴れの下でも、うっかり夕方まで洗濯物を干していると「パリッ」ではなく「しっとり」という乾き具合。取り入れた洗濯物からはお日様の匂いではなくて、金木犀の香が漂ってくるよう。。。

秋ですねぇ。
昨夜は今シーズン初シチューでした。
冷蔵庫にある野菜と、冷凍庫で眠っていた海老で、ホワイトソース缶に書いてある通りに作ったら、あら美味しい。ホワイトシチューって食べてるうちに飽きちゃって、子供の食べ物的認識だったけれどさにあらず。ホワイトソース系はあまり沢山食さないどぅさんがお代わりをしていたので、折り紙付の美味しさです。よかったよかった。

冷房を付けない我家。
夏は暑くて暑くて、とてもじゃないけれど生産的な生活を送れません。

「**の秋」とはよく言ったモノで、気温の落ち着きと共に私もウズウズしてきました。

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まずは「ダ・ヴィンチ・コード」読了。
感想はこちらに書いたので省略します。
読後に発見。「ダヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版」(写真:上右)が欲しいんだよなぁ。¥4,750-(税込)高いなぁ。
転居後初、地元図書館にデビューしたけれど、蔵書の数がイマイチ少ない気が。。。お目当ての本は1冊も見つけられず、昨日は絵本を数冊借りてすごすごと退散しました。

そして久しぶりにやりたくなっているコト。

くぅの洋服作り。

いえ、出来ないんですけどね。
でも衣替えの季節。小さくなって着れなくなった服を友人宅に送る準備をしたり、シミが付いていてお古にまわせないけれどキレイな生地のものを選別したりしていると、古着を使って新しい服が作れないものかと(私にとっては)大いなる野望・未知への挑戦心がムクムクと湧いてくるのです。

どなたか、簡単ソーイング方法、もしくはBOOK、もしくはサイトがあったら教えてくださいませませ。

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肩の荷を降ろして

可愛くて優しいところはパパ似。強情で頑固なところはママ似。じゃないかと思う。
まぁ私と接する時間が圧倒的に多いから、頑固なくぅにママが頑固に対応するという図が出来上がっているのかもしれない。
「あなたがどんなにゴネようとも、ママがダメって言ったら、ぜーったいダメ!」
何事かに固執するくぅに、断固として毅然として対応し続け、結果頑固なくぅは1時間以上泣き叫ぶことも。

絶対にダメなことがあるということ、我慢をすること。
そして全てを許し許されて受け入れられること。

これらを家庭の中で体験しておくことは、良いと思うのですが如何なものでしょう?

でも理想と現実はいつも程遠くて、叱っているときにはあまりの強情さに「あーうっとうしいなぁもぉ!!」と感情的に苛立つことがあるのも事実。

何だか育児はいつまでたっても迷い道くねくねです。

産後しばらくは育児書や教育関連の本を読んだりもしたけれど、すっかりご無沙汰していたこの頃。久しぶりに読んだのがコレ。

kodomo 子供の生きる国

明るい語り口と可愛い挿絵で綴られたこの本は、そのテイストとは異なり、結構深い事を書いてある。

産後、1人の人間として苦しくて、社会に対していっぱいあった疑問や不満は解決されないまま、当時どぅさんへのヤツアタリと形を変えた。そしてそれは子供の成長と共に「こんなもんなんだろう」と、知らない間に飲み下していた。

そう。消化したわけではなく飲み下しただけ。

自分の居るコミュニティでは当たり前とされていたことが、他の文化を持つ国では当てはまらないことがある。育児も然り。日本で刷り込まれる子育てに関する「べき論」はイギリスやフランスではこれほど受け入れられないのかと面白い。文化が違うから子育ても違って当たり前だし、逆に日本人の私には受け入れられないこともあるけれど、産後に感じた疑問や不満の答えは、ココにあった。

きっと産後、育児に煮詰まっている人には、肩の荷を降ろせる救いのバイブルになるんじゃないかしら。

え、私?読書感想文的に言うならば、
「私はこの本を読んで、各政党のマニフェスト、育児に関する部分を徹底比較してから投票しようと思いました。」

そうそう。時折登場する作者夫のエピソードは、とても日本人男性の代表ぽくって笑わずにはいられない。是非日本人男性諸氏に読んで欲しいと思ったら、すでにどぅさんが私が寝ている間に読んだらしい。

「それ面白いよね~」

だって。

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美しい数

「1から100までを足すといくつか」

その本には、私が以前日記に書いた算数の問題が登場していた。そして私が気づいた2通りの答えも。本の主人公と同じく、私は2通りの答えを時を隔てて手にした。そして今日もまた考えている。ふぅぅ、随分息の長い問題だこと。

5月、私は解き方の違いから「真実の数」に関することを日記に書いた。それはイラクで人質となった日本人3人が無事解放された頃だと記憶している。

「博士の愛した数式」味気ない数式が美しいメロディーのような完璧なストーリーを持つとはとても新鮮だった。数式に物語があるなんて。そして数式で物語が書けるなんて。

TVからは人質となった日本人が命を失ったニュースが流れていた。

同じ数式を考えた日に、同じようにイラクで人質になった日本人のニュースが流れている。数ヶ月間Waiting List に入っている本は他にも複数冊あったのに、よりによって何でこのタイミングでこの本を手にしたんだろう。きっと偶然にすぎないのだけれど、少し引っかかったまま気持ちのやり場も文章の落としどころも失ってしまった。

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versus

「Number」が”Sports Graphic” ならばこちらは”どこにもなかったスポーツ観”をコンセプトとするだけあって読み応えずっしりの「VS. (バ-サス)」。悔しいなぁ、書店でパラパラ見た結果買ってしまいました。仕事柄、雑誌を自費で購入する必要がなかった数年間を過ごした後では、少し抵抗があるというものです。ただまぁ、価値あるものにはそれなりの対価が必要ですよね。

なるほど、力の入った創刊号でした。短編のエッセイ風の読み物が続き質の良い写真が載っているところなど、やや飛行機の機内誌の観ありです。月刊誌なのですが、1ヵ月充分に楽しめそうです。TVドラマでも2話3話の視聴率がその番組の将来を占うそう。次号以降のVS.に嬉しい裏切りがある事を期待しましょう。

編集記事もさることながら、記事風広告とわかっても尚読み込んでしまったのが”倉本聡・豊かさの根っこ (三井住友ファイナンシャルグループ)”。富良野塾塾生達に生活必需品を10コ挙げさせたアンケート結果と、都会の若者達に行った同様のアンケート結果の比較を元に書かれていました。想像に難くないように塾生は1位から順に「水、火、ナイフ、食物、着る物・・・14位人・・・」、都会の若者は「金、ケイタイ、テレビ、車、家・・・」と続きます。

うん。人間が生物として生きるというところから、都会の生活は乖離してしまうのですね。現代の日本では日々火を熾し水を汲む必要がないにしても、自分が生きるための能力、排泄や食事や睡眠やコンディショニングや他者との交わり方まで手放してしまっている気がします。現に仕事に埋没しているときの私はそうでした。自分の身体や心のことがわからなくなっていることにも気付いていない状態です。

塾生の14位の”人”は決して異性に限らず、一人では絶対に生きていけない、故に人間は間違いなく生活必需品だと言う答えだったそうです。

女性はぐだぐだぐだと愚にもつかない事を延々とおしゃべりをしてストレスを発散させたり、自分の考えを整理したりする癖のある生き物です。私は女性の割にはそういう傾向が少ない気がします。ただ性別限らず他者と交わることで化学反応のように思いついたり、手の届くところにあるモノに気付いたり、遠くにある夢が現実味を帯びたり、勇気が湧いたり。仕事を辞め、1日に会い、話をする人の数が圧倒的に減った今、人との出会いや交わりを以前に比べ流していない事に気付きました。良い傾向です。ずっとこの状態にいられるとは思っていませんが、break time としては良い傾向ではないでしょうか。

そう言えば水上スキーをやるようになってから、流木や枯れ葉が朝露に湿っていても火を熾す方法を知りました。もちろんライターと乾いた新聞も使いますが、着火剤などは必要ありません。幾度となく繰り返した焚火の経験は現代では財産ですね。くぅにも人間が生きていく原点の能力を身につけて欲しいと願っています。

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やってしまった

あ~性分というのかなぁ。思い立つとすぐに行動してしまう事がある。含みがないと言うか、飛び込んでさらけ出した方が話が早いゼ的なところ。末っ子気質なのかなぁ。好きになると告白しないではいられないタイプ・・・?かといってオープンで心が広いわけではない。先日も友人と話していて「凄くオープンに見えるのに実は狭いよね。相手は仲良くなったと思っても当人はそうじゃないもんね。いやぁ罪だよ」と言われた。あー、そのことがわかっているあなたは本当に仲の良い友人です。

で、何をやってしまったかと言うと、先日から気になっていた新興地元企業の事務所を見つけ求人情報がないかとフラフラと立ち入ってしまった。

これぞ習い性。14年間の仕事のスタイルというか。担当している会社へは挨拶周りを終えると2回目からはズッカズカと入っていく。マスコミだからゆるいと言う事もあるのだけれど「こぅさんココからは外部の人は立ち入り禁止だよ」と言われても「すみません、ちょっとだけ」とか「身内のようなもんじゃないですか」とか「すぐ出ます」とか言いながら進入を繰り返すとそのうちに誰も咎めなくなる。挙句に電話やコピーまで取ったりして。まぁ最近ではコンプライアンスやら個人情報保護やら企業が気にかけないといけないことが多くなりそうそう内部に入れなくなったけどね。

で、さすがに知らない企業の中には入れないので受付前のBOXに「ご自由にお取り下さい」と書かれている資料を物色していると受付嬢に声をかけられた。求人情報を探している旨を伝えるといきなり人事担当者が出てきた。あーびっくり。企業の規模が小さいと話が早いのね。本当に思い立って車のハンドルを左に切り入って行った事務所、私の格好はワークパンツにTシャツ・スニーカーとおおよそ人事担当者に会う格好じゃない。当然履歴書なんかも持っていない。あっちゃー。

2才児のママと言う人事担当者はそれでも丁寧に対応してくださり、昨年2月に中途採用を行い暫くは採用予定はないと教えてくれた。そうかぁ、そうだよね。っていうか採用になっても来春どぅさんが転勤したら意味ないじゃん。何やってんだろー私。自分の突飛な行動を恥じながら帰路書店に立ち寄る。つい、つい、いっぱい買っちゃいました。結果只今の待機冊数9冊。

なるほどの対話
アフターダーク
死の壁
博士の愛した数式
ローマ人の物語 (1)

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泣けた

全日本も終わり気が抜けたのか・・・っていうか、選手じゃないから気が抜けたも何もないだろうと自分でも突っ込みながら、でもでも合宿所のオバサンはやはり全日本が終わり気が抜けた。退職していることも一因だろう。追い立てるものが何もない。で、気が抜けたら久しぶりに風邪をひいた。

気が抜けて風邪をひいて身も心も弱っているところに効いた。思わず泣いてしまった「富士山」。買ったことすら忘れていて、本棚の整理をしている途中で見つけた。当然整理は棚上げ。はぁ、相当キテルなぁ。

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majority or minority

怪しい兄さんが「まぁまぁ面白かったで」と怪しい事務所の机の上に置いてあった怪しい本を貸してくれたのは約1ヶ月前。やっと読み終わりました。「土壇場の経済学」

いや~自分じゃ買わないわ、この本。グリコ・森永事件犯人として全国手配されたキツネ目の男と疑われ最重要参考人とされた宮崎学氏と、「ナニワ金融道」の著者青木雄二氏との共著。初版から4年経っているので日本の経済状況はやや変わっていますが、まぁ面白くは読めました。

わかったこと。

恨みつらみなどがある場合は別として、どんなに借金地獄に陥ってどんなにヒドイ目にはあっても、そうそう命まではとられないということ。自分で命を終えたくなるほどの思いをするけれど、方法はある、タフに生き延びろ!というメッセージでした。いずれにしてもこの本に書かれてある「土壇場」状態にはなりたくないものです。

本の最終章で青木氏が共感できることを書いていました。抜粋してWebに載せたら著作権法違反かしら?じゃぁ主旨だけ。

「今の世の中は偏った教育の為に多数決原理が重んじられるけれど、多数決は単に手法に過ぎず、その結果は真理でも正義でもない。それは歴史的にも明らかである。」

話は変わるが最近の凶悪犯罪低年齢化に伴い、どこぞの機関が調査したところによると、以前に比べ「死んでも生まれ変われる」ことを信じている子どもの割合が増加しているとの結果が出ていた。ゲームなど現代の社会的影響によるものと考えられ、「今の人生(自分他人関わらず)を天寿を待つことなく終わらせてもやり直しができる=安易な犯罪行為や自殺」と結びつけ危険視した特集番組だった。番組内では子どもが生まれ変わりを信じていることを聞かされた親が驚いてそして慎重に子どもに生死観を問いただすシーンが放送されていた。

今生を限りあるものと捉え、真摯に生きていくことは大切であると私も心からそう思う。でも、ちょっとだけ疑問が残る。

「生まれ変わらないのか?」

宗教的・哲学的にもこれに対してはいろんな考えがあって良いと思う。一つの答えに括れないものだと思う。現に世界中の人に聞いても様々な答えが帰ってくるだろう。その前提が欲しかった。「生まれ変わりを信じる=凶悪犯罪の低年齢化」という安易な構図が国営放送の番組の基底に無意識のうちにあるようで、私はとてもひっかかった。もしかしたら調査結果のように、今の日本ではそれが一因を担っているかもしれない。「だからその思考が危険」ではなく、「だからこう生きよう」とか「こう伝えよう」とか「こう向き合おう」とかもう少し踏み込んで番組をつくって欲しかった。

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生活時間を乱すもの

先日の日記タイトルで気付いた人・・・なんていないか。”時はガリオンなり”ウィーズリー家の双子兄弟が弟のロンに言った言葉です。ガリオンは魔法界の通貨ですね。わかった?実は何を隠そう私ハリポタ好きです。いや~子どもっぽいとか言われそうですが好きなものは止められない。映画も全て見てます。

延々延々延々延々と伏線のストーリー展開が続き、最後の数10ページで怒濤の種明かし、そして種明かし後も残る謎。それぞれの刊が次ぎの刊への伏線となるあざとい手法をわかっていても、そんな大人の思考や全ての煩悩を投げうって純粋にハリポタの世界にどっぷり浸かり楽しんでます。

あ~おもしろかった。「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」。いくら字が大きめとはいえ上下刊合わせて1300ページあまり。読んでも読んでも終わらないんですね~。2度読みした私は毎日深夜まで1週間以上楽しめました。もう第5巻目ですし、読んだことのない人が今更1巻目から始めるのも腰が重いでしょうが、こういう勧善懲悪なストーリーもたまには良いもんです。子どもの頃誰もが夢見た「魔法」や「箒」や「呪文」や「自分は特別」な世界が広がってます。まぁ話しの根底にはヨーロッパ特有の暗さを感じずにはいられませんが。

作者のJ.K.ローリング氏は離婚後シングルマザーとなり生活保護を受けながらコーヒーショップの片隅で第1巻を書き上げたんですよね。昨年11月時点で全世界2億5千万部、60ヶ国語に翻訳され、200カ国以上で販売されているそうです。1巻目はまさに起死回生の1冊だったんですね。・・・200ヶ国で販売されているから200ヶ国語と言うわけではないんですね。当たり前か。

ローリング氏のことは詳しく知りませんが、何が凄いって、シングルマザーで生活保護を受ける経済状態でありながら小説を書き続けたこと。いざ自分がその状態になった時にそんなことは出来ないと想像に難くありません。きっと生活するために日銭を稼ぐことに時間を費やすでしょう。凄い、凄いね。

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オビの存在

日曜日に家族3人で本屋へ行った。どぅさんと私の興味があるジャンルは異なり、それぞれがふらりふらりと店内を回る。くぅは「パパ~。ママ~。」と二人の間をバタバタと走り回る。暗黙の了解でくぅの近くにいるほうが目を離さないようにする。どぅさんと私が新刊のコーナーで、並んだ本のタイトルを目で追っていると「ハイ」「ハイ」と1冊ずつ手渡してくれ、「これ、くぅちゃんの、ね」と頷きながら自分も手にする。いやいや、この本はいらないんですけど・・・。

どうにもクセでハードカバーの本ばかり手にする。思えば文庫を買うことはまれである。きっと私は装丁も購買基準のひとつなんだろう。いつものことながら一気に5冊ほど買いたくなるのだが、まだ読めていない本も山積みしているので1冊だけ。

「海のふた」

よしもとばなな氏の本を初めて読んだのは、学生の時に大学生協で買った「キッチン」だった。日常にある誰もが持っていながら言葉にしづらい、感情というところまでハッキリ形作られていない、浮かんでは消えていく心もちを読んだ時に、とても同調した。彼女の書く、社会に出ていない主人公の女性は、当時の私にはとても同調しやすかった。中途半端な心もちをこんなに言語化できるなんてと驚いた。しばらく嵌っていたものの、社会人となり気付けば遠のいていた。何度か新刊を読んだが前ほどは同調できなくなっていた。

久々に書店で手にし、ぱらぱらとめくり、名嘉睦稔氏の版画と、やけどを負った「はじめちゃん」に惹かれて購入した。
とても救いと夢のあるやさしいお話だった。

書籍のオビが邪魔でいつもすぐに捨ててしまう。購入時もあまり参考にしない。今回も沢山の情報が載っていたのに、一切気付かずに読み終えていた。あとがきまで読み終えてスウォッチ・グループ・ジャパン社長のB.R.ベイリー氏の後ろ盾があっての、名嘉睦稔氏とのコラボ作品とわかった。オビに気付き読み返すと、この小説は読売新聞に連載されていたらしい。

なるほど。

説明が難しいし、手前勝手な「なるほど」ではあるけれど、そう思った。あくまでも私的な意見だけれど、一時の彼女は”枯渇”していたように思う。何を読んでそう思ったか忘れたけれど、溢れ出るものがなく必死に外の世界に刺激を求めて筆を進めていたように感じられた。精神的なお話を書く人が、答えを外に求めた。読んでいてストーリーよりも作家の苦しい息づかいが聞こえてくるようだった。久しぶりのこの本は違っていた。少し楽になった息づかいだった。オビに書かれていたベイリー氏のコメントも優しく素敵だった。きっと良き人間関係があり、自分も変化し、出来た1冊だったんだろう。この本は、オビをとっておこうかな。

・・・と思ったら、ばなな氏は母になっていた。「こんにちわ!赤ちゃん」知らなかったわぁ~。

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scrap and build

入社した頃に同じ部署にいた中堅社員の男性は賢かった。確かに賢かった。議論をしてもアホな私はいつも論破されていた。彼の理論は明瞭なこともあれば、小難しく不可解極まりないときも多々あった。ただ仕事の下流にいた私は、彼の理論に乗っかって仕事をしなくてはならないケースがあり、彼の展開する理論を持って、社外との交渉に当たらなければならないときは「オイオイ、それじゃ交渉にならないよ」と自分に突っ込みながら仕事をすることも多かった。暫くして気づいたのだが、彼の理論が小難しい時は・・・理論が無いときだった。まぁ仕事なんて理論は成り立たなくても、押し通さないといけない交渉なんていくらでもあるもんね。

本当に賢い人は難しいことを易しく伝えられる。そんなことを思いだした一冊だった。「子どもと悪 今ここに生きる子ども」、日本におけるユング心理学第一人者の河合隼雄氏の著。悪は大変な破壊性を持っているが、ポジティブに変容するとき素晴らしい創造性を発揮する。創造性の高い人は自立的であり、子どもが自立に至るステップとしてはまず「反抗」が生まれてくる。反抗に限らず、悪というのは自立への一つの契機として生じることがある。大人がもう少し悪と辛抱強くつき合うことによって、子どもともっと生き生きとして豊かな人生を共に味わうことができるのではないか・・・。

しばらくこの著者の本に嵌ろうと思って書店で何冊か手にした中の1冊だった。裏表紙に書かれてある詩にドキリとした。子どもが書いた詩だと思った。この子は何をしでかしたんだろう。誰もが持つ深い心の闇が見えるようだった。何と、あとがきの最後の2行を読んでわかったのだが谷川俊太郎氏の詩だった。

創造的な人に過去インタビューした内容を元に書かれていた。心当たり満載だった。くぅが生まれたときに”大人に(自分)にとって都合の”「いい子」にしないよう、自主性と思いやりを大切に・・・などといろんなことを考えていたけれど、たかだか2歳前でそれを上回るいろんな事をしでかすようになり「しつけ」と言う名の規制を・・・いや、しつけは必要でしょ、マナーは身につけて欲しい・・・いやいや、いやいや。

河合氏によれば結論に至るまでの心の中に生じた過程の方が大切らしい。ただ日本の大人は善意が強すぎるそうだ。指導し過ぎる=可能性の目を摘む。あぁぁぁ、摘んでるかも。子ども自身の成長の可能性を信頼していない=自分自身を信頼していない。あぁぁぁ、そんなつもりはないんだけど。

こころあたりが1人。彼は本当にやんちゃだった。戦後の昭和(その頃まだ私は生まれてもいませんが)にいたであろう「ガキ」と呼ぶに相応しいやんちゃぶり。イメージは「少年H」。現代っ子らしくマンガやゲームにも没頭するが、親や大人の顔色をおおよそ見る事など皆無で、傍若無人に世の中全てが遊び場と言わんばかりの遊びっぷり。「頭から血ィ出た~。家に誰もおらへん。」と父親の携帯に電話してくる。聞き分けは悪い。会うたびにデカイ傷が増えている。正直「大変だぁ、この子育てるのは」と心底思っていた。違う、違う。最近いいカンジの男(の子)になってきた。あれは乳幼児が全て口に入れて確かめるように、世界と自分の関わりを身体を持って確認していたんだ。たまにイタイ思いをしながらも全て体験していたんだ。凄いなぁ、そういえば彼の父親もいつまでたっても子どもみたいだ。んんっ、まだまだいるぞ。50歳を越えて秋田県まで台風と共にハーレーで北上し、インカレ観戦し1泊で徳島まで帰って来たオジサンとかね。

そう言えば昨日UPのカスもワルに繋がるのかしら。じゃあ今までのサラリーマン生活を壊した私にも次ぎを創造する力があると信じて、来週から動き始めるとするか。くぅのオタフク風邪も治癒証明をもらったことだしね。

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赤と緑とオレンジの記憶

この週末はくぅの発熱と、私にうつってしまった風邪のために本当に棒に振ってしまった。病院とスーパー以外はずうっと家にいて、何もやる気がせず、ゴロゴロゴロゴロ。

唯一やったことは読書。村上春樹著「ねじまき鳥クロニクル」。実は2年近く前に買って読み出しておきながら、どうも馴染めず文字通り棚上げしていたもの。3巻モノで1巻の途中でやっと独特の文体と言い回しに慣れ、そこからは一気に読めた。読んでみると奇怪な中にもメッセージ性があり面白い。

前にこの人の本を読んだのはいつだったろう・・・。私は「ノルウェーの森」のハードカバーを持っていた。一人暮らしのあの家のオレンジの本棚に赤と緑の本があった。持っていただけではなく読んだ。でも全く覚えていない。もう一度読んでみようと本棚を探したが無い。きっと繰り返した引越しの中で手元に残さない事を自分で決めたんだろうけど、それすら覚えていない。

最近読んだ田口ランディのワールドや「蛇にピアス」に通じるものがそこにはあった。というか、そこに私が反応したのだろうけれど。同じようなメッセージ性を備えていても、異なる人を媒介とするとこうも表現は変わってくるのかと思う。

くぅの昼寝の合間や遊びの合間に大急ぎで読んだので、本来ならばもう一度読み直したいところだが・・・。村上春樹ワールドにもう一度飛び込むのは、ちょっとためらってしまうなぁ。

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生きる力

出典は何だったんだろう。それは抜粋されて高校1年生の国語の教科書に載っていたように思う。春の霞の先にぼんやりと見える景色ように曖昧な記憶なのに、毎年この季節に思い出す。

”桜(ソメイヨシノのことを言っていたのだろうか)の花びらのはかない美しい色は本当の桜の色ではない。日本のある地域で行われている染物には桜の幹(根だったか、皮だったか・・・)を使う。染め上がった反物は私達が知っている桜色ではなく力強い命を感じる赤色なのだそうだ。表面に見える印象とは違い、桜には強い生が内包されている。外からは見えないそれこそ本当の桜の姿なのだ。”

きっと成長過程の複雑な思春期の青少年への何がしかの示唆を含んだ掲載だったんだろう。そんな教科書制作側の意図を感じ取ってもなおこの文章に惹かれたのは、知らなかったその事実への素直な驚きと、言葉が色彩となって脳裏に刻まれたから。

ある一時期、短歌の交流に首を突っ込んだ事がある。言葉が映像となって豊かに膨らんでいく歌が好きだった。言葉をこねくり回しただけの私の作ったものにはなかった豊かさ。その頃から何年かが過ぎ去って、私の枝葉に咲く表面的な私は変化したのだろうか。今、幹には何が内包されていて、表層にはどう現れるのか。

まさに今咲こうとしている桜の枝は蕾がふっくらとしていて、少し離れたところから見ると枝葉へ向かうほど赤みを帯びて、ざわざわとしている。満開の桜も吹雪散る桜も良いけれど、今が桜の見ごろかもしれぬと思う春の宵。(酔)

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蛇の背中と綾戸智恵

月曜日からの3日間で3冊の本を読んだ。タイトルからお察しの通り芥川賞受賞作の「蛇にピアス」「蹴りたい背中」。と、綾戸智恵の「マイ・ライフ」。いずれも借り物とあって通勤電車で一気に読む。

正直な感想としては「マイ・ライフ」が一番面白かった。あまり・・・、全く綾戸智恵氏のことを知らない(歌は知ってますよ)で読んだからかもしれないが、芥川賞を受賞される文章力には及ばなくても、それでも面白かった。彼女の生き様や人生観に共感するところがあったからかもしれないし、出来事の割には悲壮感が無く前向き、けれども鬱陶しいほどの”前向きプラス思考全開アピールっ!!”じゃないところに、およそ女々しさのない文章に惹かれたのかもしれない。だから本がというより綾戸智恵氏が面白かったと言ったほうがいいのかな。

空気感だったり明言しにくい感情だったり美しい情景だったり、伝えたい事を豊かに伝えるために作家はいろんな比喩をする。その遠まわしな表現を私は決して嫌いではないのだけれど「蹴りたい背中」とは相性が合わなかった。多分相性の問題なんだろう。所々(私的にですよ、あくまでも)惜しい表現はあるのだけれど続かない、もしくは長過ぎる。匂いを作家と共有できない。テーマも表現も、読後私の中には何も残らなかった。

逆に、「蛇にピアス」は設定やシーンが暴力的だったり性的だったりするのである意味緊張感を持って最後まで読めた。桐野夏生氏の「OUT」や、田口ランディ氏の「コンセント」から始まる3部作といい、別にそういう表現をしている作品を選んで読んでいるつもりではないんだけれど、何かを表現するときに暴力やSMやひきこもりや人体改造を切り口に使うのが多いのは、そういう時代なんだろうなぁ・・。これらの本に比べると読後「蛇にピアス」は引きずられなかった。弱かった。浅かった。

そういえばAmazonの”この本を買った人は他にこんな本も買っています”に江國香織氏の「号泣する準備はできていた」があって苦笑してしまった。これも私はダメだったなぁ。ダメな理由は長くなるのでまた後日。

以上、非常に私的な読書感想文でした。・・・学校で先生に出したら赤点だな、こりゃ。

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