亮子とマリア
「谷亮子ってホント羨ましい。全てを手に入れてますよね」アテネ五輪の結果を伝えるNewsを見ながら夜中にそう言ったのは某女性水上スキーヤーだった。彼女とて日本を代表するスキーヤーの一人。もちろん谷亮子選手の長く積み重ねられた日々の努力を重々わかったうえでの発言。恐らく彼女の言う”全て”とは、1練習環境の維持・2技術の向上・3勝利という結果・4結婚、そして結婚後も尚1から3を保持していることだろう。あるいはそれが可能なパートナーの存在というか。
俗に聞こえがちな彼女の意見だけれど私は同意できる気がする。スポーツに限ったことじゃない。現代においても尚、女性が好きな道を進み極めるというのは孤独と向き合う作業が伴う。それは男性とて同じことではあるけれど、日本においては「内助の功」という言葉がまるで女性詞かのごとき文化からしてもわかるように、男性の方が理解してくれるパートナーを得やすいのも事実だろう。
いや、そうです、そのとおり。本当にやりたいなら孤独だろうが何だろうがやりたいことをやればいいんです。でもね先日の「vs.」にも書いたように人間一人じゃ生きていけない。親でもなく仲間でもなく、理解してくれるパートナーがいるっていうのは百人力なんです。まして若けりゃ恋だってしたい。しかし誰が好き好んで自分の守備範囲にないスポーツや仕事や芸術に打ち込んでいる女性をサポートしようと・・・。事実水上スキーの大会でもスキーをしない彼女を伴って参加する男性選手は数多いるけれど、逆は希少。「僕はやらないんだけど妻が熱心だから」とサポートする既婚男性は皆無。思わず彼女のように愚痴りたくなるのもわかるってもんです。
そして女性は出産の生物的リミットもある。
人により”全て”の定義は異なるでしょうが、全てを手に入れたいという欲求は・・・あるよね。「優先順位」とか「折り合い」とか「あきらめ」とか「固執」とかいろんな解決方法を駆使して人生を送っているけれど、20代半ばの彼女の言葉は正直で気概があって好感が持てました。これについていつか何か書きたいと思っていたけれど随分時間が経ってしまった。読み返しても何か言い足りない気がする。またここで話題にするかもしれません。
彼女曰く谷亮子選手が凄い美人でもないところが増して悔しいらしい。じゃぁシャラポワ選手が同様に彼女の思う”全て”を手に入れるのはいいのかな?そうそう、彼女の意見を聞いた若手男性二人は「えー全然谷亮子は全てを手に入れてないぜ〜」と言ってました。まぁ全てとは人それぞれということで。みなさん夜中の会話をネタにしてごめんなさい。(読んでないと思うケド)


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